計画は白紙に戻された

 退屈だった。自身が築き上げた怪人の山の頂上で、名前は溜息を漏らした。
 大軍を作っていた怪人に久々に胸が高鳴ったというのに、結局は雑魚が集まっているだけだった。図体ばかりが大きく、数だけが多い。どいつもこいつも私に傷一つつけられないものだから、最初にわくわくした反面、がっかりの大きさは並ではなかった。期待外れにも程がある。何が怪人レベル“鬼”だ。全員合わせて“鬼”かどうかというレベルじゃないか。一人一人が“鬼”なら良かったのに。

 名前は純粋に強さを追い求めてきた。そして、強くなり過ぎた。今となってはどんな怪人と戦っても、一瞬で勝負がついてしまう。つまらなかった。強い相手と戦っている時だけ、自分は生きていると感じる。強い相手と戦っている時だけ、楽しい。強い相手と戦っている時だけ――私は息が出来るのに。
 息苦しい。
 ヒーローになったのは、より強い相手と戦えるのではないかと思ったからだ。怪人の情報もすぐに入ってくるだろうし。しかし、これも期待外れだった。ヒーローは名前だけではない。稀に“鬼”や“竜”が発生しても、名前以外のヒーローが倒してしまうことが多々あるのだ。近頃では積極的に現場に赴くのも面倒になってきた。もしかすると倒された後かもしれない。それに、どうせ弱い。どうせ私が勝つ。
 世間の人々は名前を「S級らしくマイペースな変わり者」と評するが、それは違う。名前だって、怪人を倒そうと躍起になって探し回っていた時期があるのだ。ただ、その苦労の割に碌に充足感が得られないから、結局やめてしまった。今では巡り会った怪人をただ倒すだけだ。

 怪人を倒すより、S級ヒーローに喧嘩を売った方が、楽しいんじゃないかなあ。

 名前は一人くすくすと笑った。そりゃそうだ。怪人の中には武術の達人なんて居なかったし、エスパーを使う強い怪人とも戦ったことがない。いつ現れるか知れない怪人を相手にするより、自分が怪人になって、世界征服を目指す方が、ずっと楽しそうだ。人間を全滅させてやると脅せば、マイペースなS級ヒーロー達だって私を放ってはおけないだろう。そうすれば、きっと彼らは私を止めに来る。もしかすると殺す気で掛かって来てくれるかもしれない。
 考えてみると、ちょっとだけ、楽しい。

 怪人の山の上でふふふと笑っていると、下の方から名前の名を呼ぶか弱い声が聞こえた。目をやってみれば、S級7位が此方を見上げている。
「名前氏、早く帰ろうよ。一緒にゲームしよう」


 名前がぴょんと飛び降りると、キングは心底驚いたようだった。別に五メートル上空から飛び降りたところで、驚くことではない筈なのに。相変わらず気が小さいなあと、名前は唯一の友人を見上げる。先程まで浮かんでいた笑みは、既に消え失せていた。すばらしい思い付きだと思ったのに、こうしてキングの隣に立ってみると、さほど楽しそうには思えない。
「名前氏、さっき笑ってた?」
「ううん」
 そう?と首を傾げるこの男は、地上最強と言われているだけのただの一般人だ。以前、そんなに強くてつまらなくないのかと尋ねに行ったのだが、キングは自分は周りが思っているようなS級ヒーローではないのだと打ち明けた。名前はがっかりした。もし彼が許してくれれば、一騎打ちを申し込もうと思っていたのだ。勿論殺し合いではなく、ただのお遊びだが。しかし存外キングは気の良い奴で、友人の居なかった名前のたった一人の友達になってくれた。彼と一緒にゲームをする時は、何故だかあまり退屈を感じない。

 S級ヒーローに喧嘩を売るということは、キングとも喧嘩をしなくちゃならない。それはちょっと嫌だ。結局、名前は人類撲滅作戦を白紙に戻した。
「今日は私が勝つからね」と言うと、キングは「負けないよ」と笑った。

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