ジーナス博士は人でなし

「こんにちはぁ」
 たこやきの家に、明るい女の声が響き渡る。アーマードゴリラが「いらっしゃい」と声を掛けると、名前はにっこりして「たこやき下さいな」と言った。常連さんである。

 焼き立てのたこ焼きをパックに詰めていると(紅生姜は抜きだ。代わりに鰹節がちょっぴり多め)、どこかそわそわとした名前が「あの、今日ジーナスさんは……」と口にした。おずおずとしたその様子に、アーマードゴリラは溜息をこぼしそうになるのをぐっと堪える。
「すみません、名前さん。博士は今日大事な用があって、朝から出掛けているんです。明日には帰ってくると思いますが」
「そうですか……」
 残念です、としょんぼりする名前に、なけなしの良心が痛んだ。それもこれも、全て博士が悪いのだ。
 名前は思い人であるジーナスに会えなかったことを残念がるも、じゃあまた明日きますねと笑ったのだった。会計を終え、帰っていく彼女を見送る。元から小さな背中が更に小さくなるのを黙って見ていると、店の奥からこそこそとジーナス博士が現れた。「行ったか……」と目を細め、低く呟いているその様は、こそ泥か何かだと疑われても仕方がないと思う。


「博士、いい加減居留守やめて下さいよ。名前さん、凄く残念そうでしたよ」
「うむ……」
 そう呟くジーナスも、名前が立ち去った方を眺めていた。
 五回に一度くらいの割合で、ジーナスは彼女に対し居留守を使う。その度に嘘をつかねばならない此方の身にもなって欲しい。自分も居留守を使えばいいわけだが、店番として立っていなければならないからそれはできない。世の中は不条理な事象が罷り通っている。
 彼女、名前は、ジーナス博士に首っ丈だった。何でも、憂いを秘めたその目が堪らないのだとか何とか。ゴリラで、しかも同性であるアーマードゴリラにはよく解らないが、まあ異性として惹かれる何かが博士にはあったのだろう。そしてそんな彼女の思いを知っていながら、ジーナスはその好意を無視している。弄んでいる、というわけではないだろうが、近頃では名前が可哀想になってきた。
「というか、すっぱり振ってあげてはどうですか。名前さんが可哀想ですよ」
「お前、やけに彼女の肩を持つな……」
 アーマードゴリラは答えなかった。そりゃ、身内のようなものとは言え、自身を実験体に使った博士より、一途な女の子の方を応援したくなるに決まっている。それに、どこからどう見てもゴリラである自分にも普通の友人として接してくれる彼女に、アーマードゴリラは好感を抱いていた。人間の顔の美醜はいまいち解らないが、奥ゆかしいまでに一途な彼女はとても可愛らしい。
 しかし実のところ、名前にこれ以上博士を好きになって欲しくはなかった。ジーナスは人でなしだし、中身は齢七十を超える爺さんだ。応援したい気持ちが七割、それから諦めて欲しいという思いが三割。
 もっとも――実際にそれを口にすることは出来なかった。やはり、アーマードゴリラはどうしても名前の恋を応援したかったのだ。まあ博士の方も、気の良い彼女と付き合えば、もう少しまともになるのではないか。アーマードゴリラが一人頷いていると、ジーナスが言った。
「別に彼女が嫌いなわけではないのだが、彼女のあの調子に付き合っていると、ひどく疲れるんだ」
 世代が違うからだろうな、とぼやくジーナスに、アーマードゴリラは目を瞬かせた。
「嫌っていたんじゃなかったんですか」
「私がそんなことを言ったか?」
 呆れたと言わんばかりのその顔に、少しだけ殺意が沸いた。


「何と言うか……ああやって私を慕ってくるのを見ていると、孫が居たらこんな感じだろうかと思うんだ」
 真面目な顔でそう呟いた博士に、アーマードゴリラは内心で合掌した。名前さん、あなた孫としか思われてないみたいです。やっぱりこんな男、諦めた方が良いですよ。

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