あなたに会いに、脱獄成功

「あっ……名前ちゃん」
 俺を見てぱあっと頬を紅潮させたそいつとは逆に、俺の顔は真っ青になっていると思う。さあっ、と、血の気が引く音さえ聞こえた気がした。目の前でもじもじと身をくねらせているそいつは、反吐が出る程不気味だった。そりゃ、名前だって相手が女だったら、これほどまでに嫌悪感を抱きはしないだろう。
 名前は勿論男だったし、ぷりぷりプリズナーも当然の如く男だった。


「出やがったなホモ野郎……」
「脱獄したその日に名前ちゃんと会えるなんて……これは運命かな」
 声を低くすることなく呟いたそれは、プリズナーには少しも効力をなさなかった。
 どういう理屈なのかは知りたくないが、どうもこのS級ヒーローは俺に惚れているらしい。万年男子を襲うとかなんとかで刑務所に入れられているとか何とか聞いたが、一生牢屋に居ろと思う。囚人同士で堀り合いとか、よくある話じゃないか。名前の方は少しもそんな気はなかったから、彼に纏わりつかれるのは迷惑でしかなかった。
 何よりも目への暴力がひどい。
「とっととどっか行けよ」
「なあ名前ちゃん、今日一日一緒に居ても良いかな」
「お断りだ!」
 プリズナーの人の話を聞かなさに戦慄する。ノーと言えない日本人と言うが、自分の尻の穴の危機となれば話は別だ。誰が好き好んで処女を捧げるものか。お断りだ。名前の有無を言わさぬ拒絶にも、プリズナーはにこにこと微笑んだままだった。それがいやに癪に障り、「大体な」と名前は口を開いた。
「迷惑なんだよ、あんたに言い寄られるのは。俺はホモじゃねえし、これからもなる気はねえよ」
 目の前に立つ男の表情が険しくなったが、名前は言葉を続けた。ちょっとだけ怖かったが、これしきで怯んでいてはこれからも付き纏われる。
「俺は女の子が好きだし、あんたのことはこれっぽっちも――」
 言い終わる前に、プリズナーがさっと動いた。やられると身を竦ませぎゅっと目を閉じたが、いつまで経っても何も起きなかった。目を開けばプリズナーの姿は消えていて、背後から何かが叩き付けられたような轟音。恐る恐る振り返れば、ぷりぷりプリズナーが此方に背を向けて立っていて、その足元には凶暴そうな怪人が気絶していたところだった。プリズナーの強力で殴られたのだろう、顔が凹んでいる。
「名前ちゃん」プリズナーが振り向いた。
「あなたを守れただけでも、今日脱獄した甲斐があった」

 後から知った話だが、プリズナーが倒した怪人は隣の市で甚大を被害を出していた災害レベル“鬼”であり、彼はそれを倒す為に脱獄したのだとか。大人しく警官に連れて行かれる彼を見ながら、気が進まないながらも小さく「ありがとう」と言うと、プリズナーは此方が赤くなるくらい真っ赤になった。そんなこいつがちょっと可愛らしく見えたとか、そんな馬鹿な。




「おっ。なんじゃい、また脱獄したんか」
 会議が始まるまではまだ暫くの時間があり、手持無沙汰になったのかシルバーファングがぷりぷりプリズナーに話し掛けていた。プリズナーに話し掛けるなんて物好きだなあと他のS級が生暖かく見守る中、二人の会話はそれなりに弾んでいるようだった。
「いかしたセーターじゃの」
「ああ……名前ちゃんが編んでくれたんだ。いつでも一緒に居られるようにって」
「男の名前に聞こえたが、最近の若いもんの名前は解らんな」
「良い名前だろ? 最高の彼氏なんだ」
 微妙に噛み合っていない、そして最高におぞましい会話を嫌でも耳にしながら、S級ヒーロー達は早くシッチが来てくれるよう願った。同時に、まだ見ぬ名前とやらが、ずっとプリズナーの心を掴んでくれることも忘れずに祈りながら。

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