夢の崩壊

 ガロウにとって、怪人は憧れだった。子供向け番組の悪役として活躍する彼らは、幼少のガロウの目にはとても格好良く映っていたのだ。“ヒーロー”に何度倒されても屈せず、果敢に立ち向かう彼らの姿は。
 成長してもそれは変わらなかった。ガロウは今年で十六になる。変わらないどころか、怪人への憧憬はますます強くなっていた。そして、ガロウは怪人になりたかった。
 中学を卒業したガロウは、怪人になる為の修業を始めた。ガロウが目指すのは怪人と言ってもそんじょそこらの怪人ではない。最強の怪人だ。ヒーローが倒すのを諦めるような。誰も彼もが怯えるような。誰にも負けない、屈さない、倒されない、そんな怪人に。例の協会が決めた基準で言えば、まさしく災害レベル“神”。それがガロウの目指す怪人像だった。

 ヒーロー協会。怪人の出現率が異様に上昇しつつある為、設立された組織だ。そこに属する“ヒーロー”は強さに番付がなされており、上から順にS、A、B、Cと続く。ガロウは各地の道場で修行を積んでいる。今居るのは“S級ヒーロー”が教える道場だった。別に、ヒーローだと知っていれば弟子入りなどしなかったのだが。
 間近で見ているから解る。S級に属するヒーローの強さは桁が外れている。数々の流派を会得してきたガロウは自分に自信を持っていた。武術の才があると。しかし師範代であるS級ヒーローはその更に上を行く。ガロウが目標としているのは、そんなS級だろうと何だろうと簡単に捻り潰せる怪人だ。

 そう言えば、何だったか。S級のヒーローの基準の一つは、災害レベル“鬼”を一人で倒せるような者だと聞いた。
 ガロウは実のところ、強い怪人に遭遇したことがなかった。どういう被害があったかとか、どれだけの犠牲者が出たかなど、せいぜいテレビで聞いただけだ。災害レベル“鬼”と言えば、街全体の機能が停止するか、もしくは壊滅の危機を迎えるというが。実際に自分の目で確かめたことはない――“強い怪人”がどれほど強いのかを。



 その日、ガロウは本物の恐怖と遭遇した。
 目の前で見知らぬ男性の頭部が破裂した際、ガロウは体の芯から震えた。
ほぼ人間の姿をしたその怪人は、ガロウがが遭遇した、初めての災害レベル“鬼”――もしくは“竜”だった。脳髄だか脳漿だかを手のひらから垂れ流しているその女は、ガロウが今までに見た中で一番美しい生き物だった。女に睨まれた時、ガロウの中を何かが走り抜けていった。恐怖なのかもしれないし、他の何か別の感情かもしれない。
 次はお前だと、怪人の目は言っていた。

「あ、あ、あ、あの!」
 ガロウが口走ると、その怪人は少しだけ目を見開いたようだった。人間に話し掛けられたことがないのだろうか。
「俺、怪人になりてぇんだ! あんたみたいな怪人にさ」
「……は」
 小さなその声は、ただの女にしか見えなかった。
 怪人の右手はてらてらと輝き、ガロウに今までにないほどの高揚感を与えているというのに。ぽかんと不思議そうな顔でガロウを見るその怪人は、何故だかガロウの憧れをより一層駆り立てた。

「……ふぅん」
 ひどく平坦な声だった。
 ガロウが冷静であったならば、その怪人――名前が、人間であるガロウに何の興味も抱いていないからこその声音だと気付いただろう。しかし今のガロウには、彼女のその静かな声は、自分を受け入れてくれたように思えてならなかった。これまで「怪人になりたい」と言ったガロウを、危険な思想だと言わない奴は居なかったのだ。
「な、なああんた――」
「まあそれとこれとは別よね。バイバイ、少年」


 今度はガロウが目を見開く番だった。災害レベル“鬼”の怪人、自分を認めてくれたただ一人の女性を前に、まだ話したいことが沢山あった。
 ガロウの夢は、最強の怪人になることだ。
 しかし一瞬、彼女の血にまみれた右手が目の前に迫った時、このまま殺されるのもやぶさかではない、何故だかそう思った。

 結局――ガロウは生きている。ガロウの目の前で、ガロウが初めて遭遇した災害レベル“竜”が、ガロウが嫌いなS級ヒーローによって、頭蓋を叩き割られたからだ。女の血を浴びながら、ガロウは自分の夢ががらがらと崩れる音を聞いた。そして腹の底で、ヒーローへの憎しみが煮え繰り返っているのを感じた。
「なんじゃい、ガロウ」
 呆けたような顔をして。
「なんでもねえよ、クソジジィ」ガロウはそっと呟いた。

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