その覚悟はできてない

※無免←夢主←サイタマ前提
※高校生




 好きな奴が出来たのだと、そう告げる名前の顔は今にも倒れてしまいそうなくらい蒼白で。いつものように茶化すこともできず、サイタマはただ「マジか」と言葉を発した。その時の自分の顔は、どんなにか間が抜けていたことだろう。もっとも名前の方はその告白で精一杯で、目の前の友人がどのような表情をしているかなど少しも解らないようだった。
 その事にほっとし、そしていやに腹立たしい。
 名前は自分が好きになったのが誰なのかまでは教えてくれなかった。後から解ったが、そりゃ、そうだろう。名前は男で、名前が惚れた相手も男だったからだ。


 別に偏見なんてねえし、と口籠るサイタマに、名前は至極嬉しそうな顔をした。誰にも言えなかったのだろう――男が好きだなんて。気持ちは解る。サイタマは結局、良い友人になってやることに終始することにした。名前のこの嬉しそうな顔を見て、「どこのどいつに惚れたのだ」などと詰問できようか。サイタマは名前に嫌われたくなかったし、嫌われるくらいなら、物分りの良い友人のままで居たかった。そしてできれば、もう少し親密な友達になれたら最高だった。
 サイタマは、まさかこの友人が同性愛者だとは思っていなかった。普通に誰か好きな女が居る、もしくはできるのだろうとばかり思っていた。他の同級生と同じように、誰か同級生か、さもなくば部活の先輩とか、塾の知り合いとか、中学の後輩とか、そういうのに恋をしているのだとばかり。
 彼に言ったことは嘘ではない。実際、同性愛に偏見はない。勝手にやればいい。誰が誰を好きになろうと、そいつの勝手だとサイタマは思う。友人のこのカミングアウトに、嫌悪感を感じたりはしていない。それは事実だった。

 悩みを打ち明けられて安心したのだろうか。それとも自分を信用における友人だとでも思っているのだろうか。それとももしかして、自分の願いが叶ったのだろうか。彼にとっての親しい友に、自分は成り得たのだろうか。サイタマが尋ねてもいないのに、名前は自身が惚れたという、その男の名を口にした。
 聞いたことのある名前だった。確か、中学の頃からの同級生だ。特に親しいわけではないが、気の良い奴だった気がする。無駄に元気で、まっすぐで。――ああいう人間なら、名前は好きになるのか。何となくだが解る気がした。
「名前はホモなのか?」
 サイタマがそう尋ねれば、名前の笑顔が固まった。
「いやおかしいだろその反応。違うのか?」
「……それが、その、よく解んなくて」
 眉を下げる。こんな顔をさせたかったわけではないのだが。サイタマはただ、「ふうん」と呟いた。ちらちらと彼が此方へ視線を向けてくるのが嫌だった。そんなことで、嫌いになるわけがないのに。男だから好き、というわけではないのだろうなあと、サイタマは一人結論付けた。
「じゃ、確かめてみたら良いんじゃね」
「確かめるって?」
「あいつじゃないやつとキスしてみて、それで興奮するならさ、決まり。だろ」
「お、おお……」
 そんな手があったかと呟くこいつは、馬鹿みたいで笑えなかった。確かめてやろうかと問えば、名前はちょっとだけ目を見開いた。

 名前の前に立つと、いやでも彼の目と目が合う。いつまでも見ていたいと思うし、俺を見ないで欲しいとも思う。「ほらやれよ」と言えば、切れ切れに「おお」と返された。ゆっくりと、名前が近付く。
 キスの間、名前は目を閉じなかった。
 それはサイタマのも同様で、唇と唇が不恰好に触れ合わさっているその短い時間の中、サイタマはずっと、名前を見ていた。これほどまでに接近して彼を見る機会など、もう無いだろう。彼の睫毛の一本一本が数えられる、そんな距離で。

 キスとも言えない、ただ口と口を引っ付けているだけのそれは、ものの数秒で終わりを迎えた。名前がゆっくりと離れると、サイタマも同じように身を引いた。
「嫌じゃなかったろ」
「お、おお」
「じゃあ名前、やっぱそっち系なんだよ」
「お……おおー……」


 校門の前で別れた名前は、心なしか清々しい顔をしていた。これからされるのだろうか、恋愛相談とか。好きな女について惚気られる覚悟なら、とうの昔にできていたのだが。どうせ俺を好きになってくれはしないのだろうと思うと、名前が好きになった奴が女だったら良かったのにと思う。サイタマはがしがしと頭を掻き、やがて学校を後にした。

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