旧い友達について
※主人公は出ない
※というか死んでる
※ゾンビマンが可哀想
IQが20離れていると、会話が成立しないと言うだろう?
君も知っての通り、私の頭脳は他の人間を遥かに凌駕している。しかし、彼との会話に難渋したことはない。何故だか解るかい? もちろん彼は世間一般と同等の頭脳だったし、もしかすると平均よりも下回っていたかもしれない。私達が会話に困らず、且つ歴とした友情を築いていたのは、ひとえに彼が私の理解者だったからだよ。
不思議そうな顔をしているな。まあ聞け。
理解者と言っても、別に彼が私の研究のその内容を理解していたというわけではない。彼は実際、人間の細胞が何で構成されているか、各臓器がどういう働きをしているかすら知らなかったほどだ。更に言えば、彼は「進化」すら理解していなかっただろうね。猿が人間に進化したのだと思っていたくらいだから。もっとも、人間がどうして生きるのかだとか、どうして欲が尽きないのかだとかには私の数十倍よく知っていたがね。彼は哲学者なんだ。私はその分野には明るくない。
要はだ、彼は私の思想を肯定していたという事だ。
何? 自分勝手な解釈だと? ふむ……確かに、恣意的であると言うこともできるかもしれないな。しかし66号、お前は随分と残念な考え方をするな。お前の方こそ、自分勝手じゃないか。
……ああすまん、ゾンビマンだったな今は。
ともかくだ。名前は私の一番の理解者だった。他の連中が口を揃えて危険な思想だ、進化など必要ないと言う中、彼だけは私に賛成してくれた。彼だけが、私を認めてくれたのだよ。いつだったかにはこう言ったな――もう七十年も前のことになるか――「ジーナス、俺は君の友達だし、君が俺を嫌わない限り、俺だけは君の味方で有り続けるよ」とね。
……何だその顔は。
まあともかく、名前は良い奴だった。私にとって初めての友達であり、最高の友達だった。私には、彼だけが人に見えた。良い男だったよ。頭はさほど良いわけじゃないが、ユーモアのセンスもあったし、人一倍思いやりのある奴だった。存外ノリの悪いところだけが玉に瑕か。ジョークは上手いんだがな。
――別に、私は私の考えの全てを理解して欲しい、賛同して欲しいと思っていたわけじゃない。友達が欲しかったんだ。一緒に笑い合ったり、茶を飲んだりする友達がね。もっとも……私は結局、満足できなかった。名前は私を理解してくれたが、考えそのものに理解をしていたわけではないからね。
七十歳に差し掛かる頃だ。私は若返りの技術を開発してね。今も私がこうして君とさほど変わらぬ若さを保っているのはそのせいだよ。私は勿論、名前にもこの技術を用い、共に若返って欲しかった。私はずっと彼と共にありたかったのだ。しかし、彼は拒否をした。自分はもう充分生きたからとね。
私はカッとなってしまってね。
冷静になってみれば、別段怒ることもなかったのだが……いや、どうだろうな。彼のことになると判断力が鈍るよ。
とにかくその時の私は、名前が私と同じように一緒にありたいと思わないから、拒否をしたのだと思った。当時は研究も佳境に差し掛かっていたから、彼の言葉を悪いより意味に捉えてしまったのだろうね。一度そう考えてしまうと、取り返しがつかない。本当は心の内では私の研究などどうでも良いと考えているのではないかとか、友だと思っているのは私だけではないかとか、そういうことを考えてしまってね。浅はかだったよ。彼の懐がどれだけ広いのか、私はよく知っていたのに。
彼と口を交わしたのはその時が最後だった。
名前が今どうしているかって? 死んだよ。
……何だその顔は。
何だ、66号……ゾンビマン、私に同情しているのか? それとも呆れているのか? どちらでも構わないが、お前がそういった感情を私に向けるとは意外だな。聞いた話では安らかに逝ったそうだよ。
彼に謝れなかったことが、心残りではあるな。
まあ名前は死んでしまったが、彼の遺伝子はまだ生きている。それで充分だよ。名前だけでなく、私も彼の全てを受け入れることにしたんだ。
ん? いや、子供じゃないよ。彼は生涯独身だった。まあ私がそうさせたんだがな。男という生物は、大概の場合友より女を取るからな。まああれは頭が弱かったし……。
――まあ、何だ、子供、と、そう言えなくはないのかもしれないな。
どういう意味かって? 彼の死体は私が引き取ったのだがね、その彼の遺伝子を組み込んだクローンを造ることに成功したんだよ。言ったろう。私は友達が欲しかったんだ。一緒に笑い合ったり、茶を飲んだりする友達がね。もっとも、お前は私を相手に笑わんがな……。
察しの悪いところは名前に似たのか? ゾンビマン?
まあ、クローンと言ったが、正式にはクローンじゃない。細胞から培養したわけではないし。名前の遺伝子の一部が入っているだけだ。
ずずず、と茶を啜る目の前の男を見ながら、ゾンビマンは今にもトリガーを引いてやろうかどうしようかと逡巡した。ジーナスが気付いているのかは解らないが。結局ゾンビマンは拳銃に手を伸ばさなかったし、今の自分はヒーローなのだと言い聞かせて押し留めるに終わった。どうして俺にその話をしたと問えば、不死身だということは自分が一番よく知っているが、やはり旧友によく似た男が何度も死ぬような目に遭うのは気持ちが良いものではないのだとか。
こいつ、やっぱり殺してやろうか。
「だから貴様は嫌いなんだ」
ゾンビマンがそう言うと、ジーナス博士は微かに笑った。
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