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 今現在、名前は足止めを食らっている。災害レベル“鬼”、蚊の大群が名前の住む地域一帯を襲ったからだ。最近やけに蚊が多いと思ったら、怪人の仕業だったらしい。やっと学校が終わったと思ったら、これだ。先程まで滞りなく進んでいた車両は緊急停止し、乗客を乗せたまま線路で立ち往生しているこの状況。まったく、不運だ。
 ただ、電車の中に名前以外の人間が数名居る為、経験則から言って災害に巻き込まれる率は低いんじゃあるまいか。つまり彼らは、名前の不運に巻き込まれた可哀想な人達ということになる。まったくご愁傷様である。まあ、死なないだけラッキーだと思って欲しい。
 車掌のアナウンスによると、どうやらこの電車はこういった非常事態に備えぴっちり外界と遮断できるようになっている、蚊が入ってくる恐れはないという。時間が経つことだけ悔やまれるが、クーラーが効いている以上、得をしたと思えないこともない。だろうか。
 そういえば家、ちゃんと戸締りしてるかな。
 名前は少し心配になった。

 友達に「電車で立ち往生してる」とメールを送ったら、「ざまあ」と返ってきた。このやろう。ネットで災害情報についての速報を追うものの、依然として避難警報は解除されていない。というか、そろそろ充電が切れてしまいそうだ。長い溜息を吐き出しつつ、携帯を仕舞う。
「まだ警報解除されてない感じっすかねえ?」
 隣から声が掛かった。
 同じ年くらいの青年が、気怠そうに名前を眺めている。パッと見は不良のようだが、先程の問い掛けに関して言えば物腰は柔らかかった。「まだみたいです」と名前が答えれば、「そうっすかあ」とこちらも溜息。何か用事があったのかもしれない。私の不幸に巻き込んでしまって申し訳ないなと少し思う。しかし、どうやら青年の感じている憤りは、電車に閉じ込められた事に対してではないらしい。
「ったく、やるならしっかりやれっつんだよなあ。ヒーローの連中だって馬鹿みてえに居るくせに、さっきからすこっしも状況が変わっちゃいねんだからよ」
「そうですよね、あの人達数だけは居るのになあ」
「弱い者いじめしか能がないのかっていう」
「ランクランクってうるさいし」
「どいつもこいつも口開けば正義正義、何様かっつう」
「人の話は聞かないし、二次被害も出すし」
 名前が青年を見ると、彼の方も此方を見ているところだった。
「理不尽だよなァ、怪人だってちゃんと思想持ってやってんのに」
「逆にお前らの方が悪人だろってとこあるよね」

 電車の中が異様な空気に満ちていたが、名前は気が付かなかった。
 何だこの人。
 よくよく見てみれば、この人存外良い人そうじゃないか? 不良ぶってると言ったところで、今現在誰かに迷惑を掛けているわけでもないじゃないか。
「お前らがどんだけ偉いんだっての」
「変人が集まってるだけだよねえ、ヒーローって」


 青年はガロウという名前らしい。それから警報が解除されるまでの二時間、名前とガロウはずっと喋り通しだった。どうやら彼も、ヒーローに対し鬱憤が溜まっているらしい。名前は彼とアドレスを交換した。十八歳だそうだ。同い年にこれほど話が合う人が居るとは驚きだ。

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