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 この日も、名前は不幸だった。朝は鳥の糞が頭に直撃し、電車は人身事故で遅延、始業時間には間に合わず用務員さんに頭を下げて校門を開けてもらい、何とか授業に間に合ったと思ったら前の番号の人が欠席したおかげで指名され、しかもそれが大の苦手な分野という不幸っぷりだ。何かに呪われているとしか思えない。しかも今日はそれだけでは終わらなかった。弁当を忘れたと思ったら財布も忘れ、友人達に頭を下げまくってやっと資金を調達したと思ったら購買が臨時休業、大好きな日本史が先生の都合で英語に変わる始末。
 友達に言えば、呆れるより先に同情された。
「名前、気を付けて帰んのよ」
「危ない人に付いてっちゃ駄目だからね」
「絶対怪人に遭うから」
「やばいと思ったらすぐヒーロー呼ぶのよ」
「あんたら……」名前がじとっと睨み付ける。
 いつも仲良しの友人達はどちらも名前とは家が逆方向で、しかも二人とも自転車通学と来ている。すぐに助けを求めなさいよと言うのは、彼女達が名前が怪人と遭遇すると確信しているからか、明日ヒーロー話を聞きたいからか。怪人が出ると思っているのなら、一日くらい着いて来てくれたって良いのに。まあ、危険に巻き込むのは嫌だしなあ……。

 奇しくも友人達が言った通り、やはり名前は怪人に遭遇した。運良くヒーローが助けてくれたが、彼は名前の捻挫までは治してくれなかった。気を付けて帰るんだぞと言ってそそくさと去って行った男を、果たしてヒーローと呼べるのか。マッシュルームてめえ今週の人気ランキング覚えてろよ。
 歩けなくはない。歩けなくはないが、ひどく痛む。電柱に寄り掛かり、ハァと溜息を吐く。最寄駅から家に帰る最中だったことが幸いか。これが電車に乗る前だったら、もっと悲惨なことになっていただろう。母に迎えに来てもらおうと携帯電話に手を伸ばすが、電池が切れてしまったことを思い出す。不幸だ。もう一度、名前は溜息を吐き出した。
 電柱をぐっと掴んだまま、そろそろと右足に重心を移動させる。鈍い痛みが足首に広がり、名前は思わず息を呑んだ。さっきよりも悪化していやしないだろうか。
 どうしようかと途方に暮れた時だった、後ろから声が掛かったのは。
「君、大丈夫か?」


 見たことのある顔だ。いや、顔は見えないが。
「大丈夫です」名前は反射的にそう言い返した。
 しゃかしゃかと立ちこぎで名前のすぐ側までやってきた男、無免ライダーは、「そうは見えないが……」と言って、視線を下におろした。その先にあるのは名前の両足。左足にいやに重心が傾いているのがばれただろうか。無免ライダーは視線を名前に戻した。ゴーグルに覆われて彼がどんな表情をしているのかは解らないが、その声には気遣いの色が見られた。
「足を怪我したのかい?」
「大丈夫です」
「……少し此処で待っていなさい」
 無免ライダーはそう言って自転車、ジャスティス号に跨り、瞬く間に消えてしまった。立ちこぎモード! ウオオオオという雄叫びが耳に残っている。

 無免ライダーはすぐに帰って来た。いや、実際には十五分ほどが経っているだろう。名前が彼の帰還を「すぐ」だと感じたのは、その十五分の間、電信柱の側で立ち往生していたからだ。どうやら相当ひどく足を捻ったらしい。
 戻ってきた無免ライダーの自転車の籠に、見慣れたコンビニの袋が見えた。その中には白い小物がいくつか入っている。
「歩けるかい? 近くに公園があったと思うが」
 名前が首を振って否定を示すと、無免ライダーは頷き、「ちょっと失礼」と言って名前を抱え、荷台の上に座らせた。
「なるべく足を動かさないようにするんだ」

 自転車を押して、近くの公園まで歩いて連れて来てくれた無免ライダーは、名前をベンチに座らせると、簡単な治療をしてくれた。どうやら先程一旦どこかへ行ったのは、近場のコンビニで湿布や包帯を買ってくる為だったらしい。名前が礼を言うと、彼は「良いんだ」と言ってにかっと笑った。
 無免ライダーは病院まで付き添うと言って聞かなかったが、流石にそれは遠慮した。代わりに家まで送ってもらうことになってしまい、名前は申し訳なさでいっぱいだった。別れ際、無免ライダーは「ちゃんと病院で見てもらうんだよ」と念押しして去っていった。

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