15

 再び学校が始まってしまった。まだ八月もまるまる一ヶ月残っているというのに、世知辛い。
 課外授業が終わった後の昼休み、名前は一週間の内に遭遇したヒーローについて報告した。二人はキングを見たと言えば興味深そうに身を乗り出し、タンクトップマスターに会ったと報告すると腹を抱えて笑い転げた。
「名前、ほんとによく会うねえ」
「マスターにまで会っちゃったんだ。どう? タンクトッパーももう制覇したんじゃない?」
「……その単語、普及してんの?」
 タンクトッパーって。タンクトップタイガー達が自称して言っているのだと思っていたのに。
 名前はちょっと視線を上にして考えてみた。タイガー兄弟と名前が知り合いだということは彼女達も知っている。以前タンクトップベジタリアンにも会ったことがあるし、他にも何人か見た覚えはある。ゼブラ柄のタンクトップを着た奴とか、赤い無地のを着た人とか。
「全員ではないと思うけど、十人くらいは会ってるかな」
 そう言うと、友人達は笑い転げた。

 友人達と名前との間にある差はそこにあった。名前にとって、ヒーローと会うということはつまり、命の危険に晒されているということだ。彼女達や他のクラスメイトの会話を聞いているに、怪人と会うなんてごく稀で、ヒーローに会ったことのない者まで居る。
 友達も、きっとそうなんじゃないか。
 彼女達にとってのヒーローとは、画面越しに見る、決して手の届くことのない存在なのだ。だからキャーキャーと騒ぎ合える。名前も別にそれが悪いとは思わないし、趣味があるのは良いことだ。怪人になんて、会わない方が良い。
ただ時々、彼女達が無性に羨ましくなった。
 そりゃ、確かに名前は今まで大怪我を負ったことはあれ、死んだことはない。だからそんな事が言えるのだと言われてしまえばそれまでだ。怪人に襲われて命を落とすなんて、近頃じゃ当たり前なのだ。怪人に遭っても生きているのなら、それだけで幸運なのかもしれない。しかしどうせなら、怪我をしないまま毎日を過ごしたいものだ。
 怪人に会わず、不幸に見舞われているだけの日々が、少しだけ懐かしかった。


 A級ヒーロー、バネヒゲが「ひょっ」、「ひょっ」と奇妙な掛け声をしながら、フェンシングの要領で怪人に突きを繰り出しているのを、名前は黙って眺めていた。切られた二の腕はあまり深くないようで、ぐっと押さえていると流れ出る血の量が減少した。被害は袖が赤く染まった制服だけだ。名前は生きている。
 そう言えばあの剣、手品か何かで元はハンカチみたいだけど、どう考えても普通の剣を持ち歩く方が手間が掛からないんじゃないかな。

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