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 明日のテストは得意な教科ばかりだからと、気を抜いていたのがまずかったのだろうか。しかし発行部数の少ない漫画で、すぐに売り切れてしまうのだから仕方ないじゃないか。前から応援していたのだ、できれば初版本が欲しい。
 そして折角買った単行本は、無惨な姿となった。
 すっぱりと真っ二つになったそれは、もはや本の体裁を保てていない。一枚一枚セロテープで補修すれば、読めないことも、ない。だろうか。名前はきっと、切り落とされたのが自分の手首でなかったことに感謝するべきなのだろう。しかし悔やまれる。
 拾い上げる気にもなれなかったそれを眺めていると、後ろから不満げな声が掛かった。
「お姉さん、いつまでそうやってるのさ」

 S級ヒーロー童帝は、いかにも「不満です」と言いたげな顔で、名前を見ていた。まだ十歳かそこらだろうに、眉間に皺を寄せているのが何ともいじらしく感じられる。彼の背負うランドセルからにょきにょきと生えていた武器の類は、今や血に濡れていた。名前に襲い掛かった怪人は、既に現世とさよならをしている。
「ほら、もう終わったよ。それって……漫画? くだらないなあ」
 はふん、と息を吐く童帝。こいつ、本当に小学生だろうか。
「お姉さんにとっては大事なものだったんです……助けてくれてありがとうございました」
 名前がそう言うと、童帝は少しだけその表情を変えたようだった。呆れたような顔から、憐れみのようなものが滲んだそれになる。小学生に同情される私って一体。
「大体さ、怪人に会ったなら、悲鳴くらい上げなよ」童帝が言った。
 それから「そんなだから漫画も切られるんだよ」と彼は付け足す。
「今日はたまたま僕が通り掛かったから良かったけどさ。普通は叫ぶもんじゃないの? 助かるものも助からなくなるよ」
「あー……何かいつものことすぎて、対応が遅れたっていうか……」
「何それ? 言い訳?」小学生が眉を寄せた。「そんなにいつも、怪人に襲われてるの?」
 名前は何も答えなかった。どうやら童帝はそんな名前の様子を、肯定と捉えたらしい。暫く何か考えるような素振りをした後、「そうだ!」と言ってランドセルを漁り始めた。既に武器の引っ込んだそれの、どこに別のものを仕舞うスペースがあるのだろう。

 童帝が寄越したのは、防犯ブザーのようなものだった。もっとも、ブザーではない。曰く、救難信号発信装置だとか。近くに居るヒーローに助けを求めることができるらしい。彼らの持っている通信機に、救難信号を送ることができるのだとか。まだ試作品だからただであげるよと、そう言って笑った童帝は、到底変人には見えなかった。名前はヒーローについての見識を改める。まともじゃないのは、ランク上位の大人達(見た目が子供も含む)、だ。



 ただの一般人にもヒーロー協会は親切なのだ。と、彼女は思っているかもしれない。少し離れた先で振り返った童帝は、名前の背を見送っていた。
 彼女に渡した装置は、確かにその名の通りの優れものだ。違うのは、彼女に告げたよりも実際には遥かに性能が良いということと、試作品ではなく完成品で、彼女の為だけに造られた装置だということ。造ったのは童帝の師でもあるメタルナイト。本来なら、手渡すのだって彼の役目の筈なのだが、どうにも彼は気まぐれ過ぎるきらいがある。まあ、最初に名前の特異な体質に気付いたのもメタルナイトだから、今この時も見張っていてもおかしくはないが。
 彼女自身は気が付いていないようだが、名前という人間は既にヒーロー協会からマークされていた。偏にその怪人との遭遇率故だ。今までに報告を受けた災害レベル“鬼”の四割に、彼女が絡んでいる。“竜”だと五割だ。名前は怪人と会った後にきっちり協会へ報告を入れる性質じゃないようだから、もしかするとこの数値以上に怪人と遭遇しているかもしれない。彼女を見張っていれば、被害を小規模に抑えられるのではないかというのが、上の考えだった。
 各地に分散している筈のS級ヒーローに会う、その確率が高過ぎるということに、彼女は気付かなかったのだろうか。それなら、よほど幸せな頭脳をしている。
 平凡な出自、平凡な生い立ち。それが童帝の知る、名前という女の子だった。童帝はここ二週間ほど、ずっと彼女の行動を監視していたが、怪人との遭遇率が異様に高いということ以外は至って普通の女子高生だった。以前に接触を試みていたタツマキの話では、能力者特有のオーラも感じられなかったらしい。彼女の何が原因かは解らないが、その何かが怪人を引き寄せているのは間違いない。もしかしたら、彼女の方が引き寄せられているのかも。
 名前の言葉を借りるなら、有象無象の怪人達は、その不幸体質に引き寄せられている。

 不幸体質。なんて馬鹿馬鹿しい。そんなものがあってたまるものか。

 実のところ、怪人の被害を未然に防ぐこと以外に、ヒーロー協会が名前を気に掛ける理由があった。
 名前の怪人化だ。
 人間が怪人となる場合、劣等感や憎悪など負の感情が引き金になることが多い。彼女が自身の不幸の理由を体質に求めているならいい。しかしそれが一度他者へと向かうと、それは大きな脅威になりかねない。現に、彼女が怪人を引き寄せるのは自身が怪人になる可能性を秘めているからではないかとの見解もある。

 一般人の心のケアまで、ヒーローの仕事だとは。童帝はその容姿に似つかわしくない溜息をそっと吐き出した。

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