thoughtful

「君ねえ、もっと自分を大切にしなさいよ」
 ぺしり、と、自分の前に座る男の頬をはたく。人工皮膚は柔らかいが、その下には固い金属が息を潜めている。指の先が少し痛かった。
 目の前の男、ジェノスは眉を寄せ、名前を見下ろす。作業台の上に座っている彼は、名前よりも頭数個分の位置に居る。もっとも普段だって、この男の方が背は高いのだが。
 子供になった気分だなあと、心の中で呟いた。
「説教か?」
「違うよ」
「それならば」ジェノスが言った。「俺に指図をするな」
 突き放すような言い方。名前が微かに笑うと、ジェノスはますます眉を顰めた。
「それに、お前には関係ない」
「そうかもねえ」
 じろり。そう、音の付きそうな目で睨まれる。おお怖い。
 破損個所は二十にも及び、右腕はもげていた。何をどうすればこうなるのやら。右腕に関しては、クセーノ博士がそっくりそのまま作り直してくれたから良かったものを。彼がこうして修理に秘密研究所まで足を運ぶのはよくあることで、時には頭部だけの状態で帰ってくることもある。それに比べれば、今日はマシなほうだろうか。
 損壊のひどい(というか、一本まるまる無くなっているのだが)右腕のパーツはクセーノ博士が作ってくれて、残りの箇所は博士の助手である名前が修理することになった。今のジェノスは、もうすっかり元通りになっていた。
 クセーノ博士は今、束の間の休息を取られている。息子のように可愛がっているジェノスが、またも故障して帰って来たのだから、気疲れして当然だろう。もっともジェノスの方は、その真意に気付いていないようだが。そのサイボーグの青年は今、名前が自身と年が近いからか、それとも名前が女だからか、不本意そうだ。眉根を寄せ、此方を見ている。
「まあ」名前が言った。「私は、君をいじくれて楽しいけどね」

 からからと笑ってみせると、ジェノスはますます顰め面になった。綺麗な口が、への字に曲がっている。一種の冗談だというのに、ユーモアの欠片もない男はこれだから。
「なら良いだろう。さっさと直せ。それから、その口を閉じておけ」
 身も蓋もない言い方だった。

 露骨な言葉、それ自体に腹を立てたわけではない。と、そうは思うのだが、名前の笑顔が固まった。ジェノスは名前が言った事を、その言葉通りに受け止めたのだろうか。私が彼の体を触れて嬉しいと思っていると、本当にそう考えたのだろうか。
 脳の奥底で、ああそこが原因なのだなと、冷静な自分が頷く。

「いじくれて楽しいけどね」名前が言った。
「凄く心配するんだよ。ぼろぼろの君を見るとね。私個人としては、君にはもう一度だって壊れて欲しくない。毎回毎回、死にそうな思いをするのは懲り懲りだ」
 ジェノスが、少しだけ目を見開いている。名前の言ったことが予想外だったのか、他の理由からかは知らないが。
「君、知らないだろう。君の痛覚はとっくの昔に切除してあるからもう忘れてしまったのかもしれないけど、私はね、君がぼろぼろになってこの研究所に来る度に、心臓が破れるんじゃないかってくらい心配するんだよ。痛いのなんのって」
 端正な顔をした若者が、その作り物の瞼を瞬かせる。彼のその子どものような表情を見ると、少しだけ溜飲が下りた。
「君のパーツはどれも博士の作った最高級のものだ。助手の私としては、その後始末を任されるのは光栄だよ。勉強にもなるし。でも私個人としては、壊れた君を見たいとは思わないね」

 最後の調整をするからそこに寝転がりなさいよと言えば、ジェノスは素直に従った。それから小さく聞こえた、「善処する」という言葉。名前が微笑むと、サイボーグの青年はばつが悪そうに目を逸らした。

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