こぶし一つ分の距離

 ソニックが苛々している。
 先程から何かを言いたげに名前を睨んだり、口を開いては結局言葉を出さず、小さく舌打ちしたりを繰り返している。一般人の名前に一挙一動を気取られるなんて、忍者失格なんじゃないか?
 ほら、腹立たしげに貧乏ゆすりを始めた。
 名前は隣に座る男を「忙しないなあ」と思いながらも、何かを言ったりはしなかった。別に、私と彼は仲が良いわけじゃない。さりとて嫌い合っているわけでもない。いや、ソニックの方はどうだか知らないが、少なくとも名前は彼のことを嫌っているわけではない。そうでなければ、この不法侵入者を追い出す筈だ。まあソニックの方だって、わざわざ嫌っている女の元を訪れたりはしないだろう。
 いつからかソニックが我が家に居ることは当たり前の光景になっている。そして隣に黒尽くめの忍者が座っていたところで、読書の妨げにはならないのだ。
 今週も人気ランキングの一位はアマイマスクだ。これで二十五週連続らしい。顔も良くて実力もあるだなんて、ほとほと世の中は理不尽に満ち溢れている。イケメン仮面が優雅に腰掛けつつ、此方に視線を向けている写真を眺めていると、ついにソニックが声を発した。
「おい」
「んー……」
 インタビュー記事を読むのは好きだが、こうもアマイマスクばかりだと飽きてくる。いや、イケメンを見慣れるということはないが、たまには他のヒーローの質疑応答を見たいものだ。もっともこのページは、今度発売されるCDについて書かれているのだが。
「おい」
「んー」
「……チッ」
 ソニックがまた舌打ちした。
 そう言えばこいつ、何をそんなに苛立っているのだろう。
 ぼんやりと考えたが、取り留めのない感情としてすぐに消え失せた。アマイマスクは俳優としても活躍しているせいか、ころころと髪型が変わる。この前までの黒髪は似合っていたのだがなと、少々残念に思った。

 ページを捲ろうとした時、その手が掴まれた。言わずもがなソニックだ。握られているだけで別段痛くも何ともない。ただ、その割に名前の左手はぴくりとも動かなかった。暫く抵抗してみたが、ソニックは離さない。仕方なく、右手でページを捲った。
「おい」
「何? 邪魔するだけなら帰ってよ」
「チッ」
 また舌打ちしやがった。
 そのまま立ち上がるかと思ったが、ソニックは一向に帰る素振りを見せない。ただ、名前の手は掴んだままだ。
 ソニックはそのまま名前の左手を弄び始めた。指を丸めさせてみたり、逆に伸ばしてみたり。やわやわと揉んでみたかと思えば、ぎゅっと握ってみたり。まさか指を折る気でもあるまいと、名前は特に気にも留めずそのまま雑誌を読み続けた。アマイマスクは見るだけなら楽しいが、わざわざ買ってまで曲を聞きたいとは思わないな。
 ただ、流石に人差し指を咥えられた時だけは、反応せざるを得なかった。一瞬、身が強張った。ソニックに伝わったかは解らない。いや、多分ばれているのだろう。指の腹を舐め上げられる。外気に触れた時、ひんやりしたのが感じられた。それからもう一度、ソニックは指先に唇を落とす。触れるだけの口付けの後、彼の熱い舌が名前の指を舐る。

 ついに、名前は腕を引いた。

 存外簡単に拘束は解けた。ソニックは何の未練もないという風に名前の左手を放し、名前も唾液だらけの左手を引込めた。先程までの不機嫌そうな顔はどこへ行ったのか、にやにやと笑っている。私が仏頂面をしながらも、ソニックを見ているからかもしれない。してやったりとでも言いたげなその顔が、癪に障る。
「何なの。さっきから」
「客人が来ている時に読書とは。感心しない」
「あんたいつ客になったわけ? ただの不法侵入者でしょうが。はい残念」
 ソニックが少しだけ、眉間に皺を寄せる。
「……その不法侵入者を追い出さないのはどっちだ?」
「……」

 二人とも暫く黙っていた。名前は彼が何を思っているのか考えてみたが、結局匙を投げた。この男の思考など、名前が解る筈もない。考えれば考えるほど、馬鹿馬鹿しい。
 無言のままソニックの顔を見詰め続けていると、「そういえばこいつも顔だけは良いんだよな」と思い至る。普段の言動のせいか、あまりそういった目で見たことはなかったのだが。まあ、アマイマスクには負けるのかもしれないが。
 そのA級一位を改めて見てみようと、名前は膝の上の雑誌に目を向けた。いや、向けようとした。雑誌が無くなっている。部屋の向こう端で、ぱさりと軽い音がした。
「いい加減、俺をかまえ」
「……素直にそう言えば良いのに」
 思わず小さく笑う。ソニックは元の憮然とした表情に戻り、そのまま名前に噛み付いた。

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