ぐしゃデレ
「あれなんだよ。僕はすっかり調教されてしまったよ」
「アンタドMなの」
「いや?」
二十云年の付き合いの内に、名前はすっかり彼女に惚れ込んでしまった。そして彼女のその艶やかな緑色の髪を追い掛けている内に、いつの間にか緑色自体を好きになっていた。
僕の家の中は緑の物ばっかりだよと言えば、戦慄のタツマキは心底嫌そうな顔で名前を眺めた。昔だったらその顔を真っ赤に染めて怒り始めただろうに、今では不快げに目を細めるだけだ。まあ、それはそれで可愛いのだが。あれ、これドMか?
緑を見るだけで欲情できるようになっちゃったよと告げれば、今度こそタツマキは怒りをあらわにし、名前の両足を文字通り粉砕した。
突然両足が無くなってふらついたが、なんとか左腕で肘当てを掴み、無様に転倒することだけは防いだ。自分の足元には、自分の足だったものがぐちゃみそになって広がっている。すっぱり切断されていれば接着も可能かもしれないが、これだけ細切れになっていると無理だろう。元足は放置することにした。清掃員が泣くなあと、頭の片隅で考える。
ぐっと力を込めると、じわりじわりと足が生え始めた。うん、存外グロい。
「アンタほんとにキモいわね」
「ひどい罵倒。あっ、頭はやめてね頭は。僕は再生力があるだけで、ゾンビマンさんみたいに生き返れるわけじゃないから」
「その首捩じ切ってあげましょうか」
「だからやめて」
けらけらと笑うと、タツマキは本当に殺してやろうかとでも言いたげな目付きで名前を見た。
「大体アンタ、何でここに居るのよ。今日はS級の会議の筈でしょ。アンタC級じゃない」
「もちろんタツマキちゃんに会いたかったからに決まってるだろ。いやあ、A市に住むようにして正解だったよね」
「……馬鹿じゃないの」
タツマキが目を逸らした。それから少し間が空く。名前の両足はもうすっかり再生し終えていた。もう一度引き千切られるかと思ったが、タツマキは小さく溜息をついただけだった。
「さっさと消えなさい。目障りなのよ」
名前は笑った。「また会いに行くからね、タツマキちゃん」
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