最近、怪人に会う頻度が妙に高い。前はここまでじゃなかった。自分の「不幸」に拍車が掛かっているのか、それとも怪人の発生率増加によるものなのかは解らないが。犬も歩けば棒に当たるというが、特別出歩かなくても怪人には会う。どうやら発生の増加にともなって、遭遇率も上昇傾向にあるようだ。
 今日だって、名前はいつものように電車に乗って、家に帰ろうとしていただけなのだ。車両が緊急停止し、手すりに思いっきり額を打ち付けた名前が耳にしたのは、怪人が線路を切断したということだ。三日前に怪人に会ったばかりだというのに。

 逃げ惑う人々の群れに紛れながら、名前は嫌な予感を感じていた。それもその筈で、いつも怪人に会う時は大抵一人で居る時なのだ。こういう風に、誰かに囲まれている時に会う怪人は、災害レベルが高い奴と相場は決まっている。
 前方から悲鳴が上がり始めて、名前は嘆息した。


 どうやら、災害レベルは虎らしい。思っていたよりは低かったが、危機的状況には変わりない。冷や汗が止まらない。
 名前が出来る限り身を縮こまらせ、ひしゃげたボストンバッグを抱えていると、やがて人垣が割れ始めた。割れ始めたというか、薙ぎ倒され始めた。ヒーローは近くに居なかったのだろうか。わあわあと悲鳴が近付いてくるが、狭い交差路であることと、大人数が一堂に会している為に、身動きが取れなかった。

 あ、これ、駄目だな。

 目の前に怪人の魔の手が迫った時、名前は襲いくる痛みを覚悟した。全治一ヶ月ほどで済めばいいのだが。何せ、半年も経たない内に受験が控えている。
 不思議と、名前は今までに死ぬような大怪我を負うことはあっても、実際に死んだことはなかった。もっとも、今生きているのだから当然なのだが。漫画じゃあるまいし、致命傷を負って生きている訳がない。何の根拠もなかったが、名前は確信していたのだ。多分、あと五十年は確実に生きるなと。人より何十倍もの不幸を背負っているからか、長生きできるようになっているのかもしれない。
 視界に映った特大の棘が腹に突き刺さったところで、多分、死なないんじゃないかな。名前はぎゅっと目を瞑った。できれば、痛みで気絶できますように。

 しかしいつまで経っても予測した痛みは襲ってこなかった。恐る恐る目を開けてみると、赤いマントを羽織った男が、名前のすぐ目の前に立っていた。此方に背を向けている。髪をちょんまげに結い上げており、大振りの刀を手にしていた。
「大丈夫かい、嬢ちゃん」


 アトミック侍は、どうやら名前が怯えて動けないのだと思ったらしかった。単に、自分の不幸にほとほと呆れ果てていただけだ。怯えていたのも事実だが。大丈夫ですからと名前は何度か断ったのだが、彼は無事に帰れるよう付き添うと言って聞かなかった。結局最寄駅まで送ってもらうことになったのだが、その道々もアトミック侍は名前を気遣った。
 別れ際、「何だ、俺に惚れたか」とアトミック侍は笑った。
「俺はファンの厚意は受け取るが、一女性の好意は受け取らねえようにしてる。ハードボイルドなヒーローだからな」
 いやだから、聞けよ人の話を。
 名前は愛想笑いを浮かべつつ、ラストサムライに手を振った。

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