ぼた、ぼたぼた、と、重々しい音が聞こえた。いやに耳障りなそれは、同時に強烈な臭いすらも名前へ寄越していた。しかし何よりもひどかったのは、視界への暴力だった。景色が全て、強烈な赤色に染まっていた。
 名前は悲鳴を上げた。
 それから顔と言わず目元と言わず、ぐいぐいと拭う。制服が汚れるのもお構いなしだ。――だって、血まみれで突っ立っているよりかはずっと良いじゃないか。しかし、その制服も今ではぐっしょりと濡れていた為、拭くにも拭けない。まあ、これ以上汚れることがないことだけは、不幸中の幸いか。
 かろうじて、右側だけ上手く水気が取れたようだった。
 視界は霞んでいた。しかし、名前には解った。ほぼ自分だけが、倒れた怪人の血を真っ向から浴びたことが。周りにも逃げ遅れた人は何人か居たというのに。どうして。どうして私だけ。答えは解っていたが、自問せずにはいられなかった。

 どどどどど、と、大きな地響き。先の巨大怪人が倒れたのだ。遅れてやってきたヒーローの一撃によって。

 頭から爪先まで、降り注いだ血に濡れてしまった名前は、かつてない程に気持ちが悪かった。吐きたい。しかし、いつまで経っても食道を何かが通る気配はない。もしかすると、吐き気よりも、生命の危機が消え失せたことへの安堵感の方が勝っているのかもしれなかった。――気分は最悪だが、名前は確かに、改めて実感していた。「私は生きている」と。
 手をふりふりと振り、少しでも血液を落としていると、周りの人達にドン引きされた。何て奴らだ。自分は血のシャワーを浴びていないからって。ハンカチの一枚でも貸してくれればいいじゃないか。もっとも一枚と言わず、百枚くらいは貸して欲しいものだが。
 この制服、まだ着られるだろうか。制服を使い物にならなくしたのはこれが初めてではない。クリーニングに出すだけで済めば良いのだが。
 血って、落としにくいんだよなあ。長い溜息を吐き出すと、視界に白と赤のまだら模様の人が見えた。目を凝らしてみれば、市一つを壊滅に追い込めそうな怪人を、ものの一撃で倒してくれたヒーローだ。怪人の首を引き千切った男であり、名前を血塗れにした張本人でもある。
 元は白かったのだろうそれは、今や血に染まっていた。そういう模様の犬、と、見えないこともない。親愛なる友人達のおかげで、彼の名前――ヒーローネームはすぐに思い浮かんだ。

「凄い格好だな、お前」
 S級ヒーロー番犬マンは、少しも「凄い」と思っていないような口振りでそう言った。淡々とした声だ。命を助けてもらった名前だったが、世の中の理不尽を感じないわけにはいかなかった。こいつ、ぶん殴ってやろうか。

[ 482/832 ]

[*prev] [next#]
[モドル]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -