彼の人はねこに似たり

 来客を知らせるチャイムが鳴り響いた。誰かと約束をしていた覚えはない。宅配便だろうかと、名前はいったん火を止め、身嗜みを整えつつ玄関へ向かった。凍えるような冷気と共に顔を覗かせたのは、見知った顔だった。
「番犬マン?」
「……さむい」

 名前が声を掛ける前に番犬マンは家の中へ上がり込み、そのまま炬燵へ突入した。背を曲げ、出来る限りの部位を布団の中へ入れようとしている様は、到底S級ヒーローには見えない。名前はそっと息を吐いた。
「どうしたの、突然」
「腹減った」
「……はあ?」
 たかりに来たのか、こいつ。
 鼻の頭まで赤くした番犬マンは、炬燵の与える暖かさに表情を緩めている。何をするでもなく彼を眺めていると、番犬マンも名前を見た。
「鍋」
「うん?」
「湯を沸かしてるんだろ」
「ああ……」
「今日の晩飯は」
「パスタ、の予定だったけど」
「僕はナポリタンが良い」
「……わかったわよ」名前は踵を返しかけたがふと足を止め、「頭の雪、ちゃんと払ってきてよ」と付け加えた。白いコスチュームのおかげでよく解らなかったが、彼の頭や肩の上には雪が積もっていたのだ。そして、番犬マンは顔を顰めた。

 名前がキッチンへ戻ると、背後で立ち上がった気配がした。どうやら素直に雪を落としに行くらしい。小さくうーうー唸っている。よほど炬燵から離れ難いのか。名前は苦笑を漏らしつつ、冷蔵庫の扉を開けた。簡単に済ませようと思っていたのだが、彼が来たのならもう少し手間を掛けるべきだろうか。


 二十分後、注文通りのナポリタンとオニオンスープを持っていくと、目を閉じ、背を丸めながら炬燵に座っていた番犬マンが、ピクリと反応した。なんとまあ、鼻の良いことだ。
 番犬マンは身を起こすと、名前の方を見遣った。彼は何も言わなかったが、その目は早く早くと急かしている。寝ていたわけじゃなかったのかと、名前は少し不思議に思った。
「名前、フォークは」
「それくらい自分で出してよ」
 パスタとスープを面前に置いてやると、再び番犬マンは顔を顰めた。場所は知っているだろうと問えば、肯定か否定かも解らないような返事。名前と番犬マンは長い付き合いだし、彼がこうして名前の家を訪ね、一緒に食事をするのは初めてではないわけだから、食器の在り処を知らない筈はないのだが。
 名前が自分の分の料理を運んだ時、まだ番犬マンは名前を見詰めていた。フォークはまだない。名前が再び苦笑を漏らし、彼の前にフォークとスプーンを置いてやる。番犬マンは礼もそこそこに、スパゲッティを食べ始めた。頭部は脱いでいるが、その他は犬のコスチュームを纏ったままだ。パスタを取り落としでもしたら、染みが付くのではと名前は心配したが、番犬マンはもこもこした白い手で、器用にフォークとスプーンを使っていた。橙色のカペッリーニが、くるくると束ねられていく。
「どう?」
「うん?」
「美味しいかって聞いてるのよ」
「うまい」
 口周りをトマト色に染めた番犬マンは、そう言いながら頷いた。

 少し味が濃かったナポリタンがすっかり無くなった頃、ふと、「番犬マンって猫みたい」という考えが思い浮かんだ。それから、怪訝そうな眼差しで此方を見ている番犬マンと目が合う。どうやら口に出してしまっていたらしい。
「気まぐれだし、炬燵で丸くなるし」
「それなら名前も同じだろ」
「私は人の家に勝手に上がり込んだりしませんよ」
「上げたのは君だろ」
 表情筋が万年強張っている番犬マンは、ついっと眉を寄せただけで、お手上げだと言いたげに嘆息した。名前が小さく笑い始めると、ますます眉間の皺を深くする。手を伸ばし、顎の下をくすぐってやると、番犬マンは不快そうに鼻をひくつかせた。
「いっそ、猫になっちゃえば。番猫マンの方がそれっぽいよ」
 私猫派だしと笑えば、番犬マンは名前の手をそっと振り払った。
「名前、犬派だって前に言ってたじゃないか」
「ええ? いつの話?」
「……何年か前だよ」
 番犬マンはそう言ってそっぽを向いた。そういうところが猫っぽいのだと、気が付いていないのだろうか。何故だか若干不機嫌になった番犬マンが、自分の手の甲で口元を拭い始めたので、名前は慌てて止めた。しかしながら、この犬のスーツの替えはいくらでもあるとのことだった。上手く拭き取れなかった橙がまだ口の端に残っていて思わず笑いをこぼせば、番犬マンはいっそう眉を顰めたのだった。

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