驚いたことに、ジェノスはZ市に住んでいた。そして名前が所属する怪人協会も、本拠地はZ市に位置している。これが運命という奴だろうかと、名前は一人感動した。ジェノスは胡散臭そうに名前を横目で見ている。
 お一人様一つ限り五十円の白菜。名前は今、両手に大きなビニール袋を提げている。そのどちらもに白菜が一つずつ入っていた。


 名前はこの日、地上をふらふらと彷徨い歩いていた。ジェノスに会いたかったのだ。別に会って何をするというわけでもないが。協会のアジトに引き籠っているよりは、可能性が高い筈だ。そしてどういう偶然か、三度めぐり会うことが出来た。ジェノスはあからさまに眉を顰め、名前はぱあっと笑顔になった。
「またお前か……」
「お久ぶりですジェノスさん!」名前はそう言って駆け寄る。「あれれ、今日は手のビーム砲、構えないんですかー」
「燃やされたいのか」
「ジェノスさんがそうしたいなら」
 彼を前にすると、自然とニコニコ顔になる。もう人類撲滅とかどうでも良い。少しでもジェノスの側で、彼を見ていたい。金髪のサイボーグは、やがて大きく溜息をついた。

 暇ならついて来いと言われ、彼に従えば辿り着いたのは地域密着型のスーパーマーケット。鼻毛だか胸毛だかは忘れたが。スーパーなんて何年ぶりだろう。ジェノスは名前に籠を持たせ、自分も同じものを手にすると、そのまま歩き出した。ぽいぽいと食材を放り込んでいくジェノス。なんて不釣り合い、でもかっこいい。彼は時折名前の籠にも商品を放り込んだ。どうやら、頭数が欲しかったらしい。


「ジェノスさん、私、この間からずっと人殺してないんですよー。すごいと思いません?」
 鬼サイボーグはちらりと名前に目を向けた。警戒をやめたわけではないようだが、名前の両手を塞いでいればどうにかなるとでも思っているのだろうか。にこにこと笑えば、再び溜息。幸せが逃げちゃいますよーと言えば、「お前は本当に怪人か」とジェノス。
「怪人ですよ、れっきとした」
「俺に殺されるとは思わないのか」
「だからー、言ってるじゃないですか。ジェノスさんになら大歓迎。むしろ推奨です」
 そうしたら私が最期に見るのはジェノスさんということになりますからね。

 ジェノスはその黒い目を細め、暫く名前を睨むようにして見ていたが、やがて再び溜息を吐き出した。「貸せ」、とジェノス。名前の返事も待たず、彼は名前が持っていた買い物袋の片方を奪い取った。擦れ違う人々の怪訝そうな眼差しが気になった、のだろうか。名前はジェノスの顔を見上げたが、彼の表情は読み取れなかった。元から、感情の機微に鋭い方じゃない。
 空いた手をぶらぶら振りながら、別に平気なのになあと思う。
「本当に、殺していないようだな」ジェノスが言った。
「はいー?」
「今もさっきも、お前はいつでも人間を殺せる位置に居た。それなのに、何もしなかっただろう」
「あー……そういえばそうですねえ」
 名前は曖昧な笑みを浮かべた。正直、人間を殺すことなんて考え付きもしなかった。ジェノスのことで頭がいっぱいだったからだ。

「本来なら――」ジェノスが小さく言った。「――俺はお前を排除するべきなのだろう。実際、以前の俺であれば問答無用でそうしていた筈だ。しかし……」
「お前が本当に人間を襲う気がないのなら、それを見送っても良いのかもしれない」
「……はあ……」
 彼は何を言い始めたのだろう。つまりは、名前をこのまま放っておくということだろうか。名前を――つまり怪人を、信用するということだろうか。ここでいきなりジェノスを殺しに掛かったらどうするつもりなのか。もちろん今の名前にはそんな気は少しも無いわけだが、それでもだ。
「本当に災害を起こす気がないのなら、俺がお前を排除する理由は無い」
 きっと、先生はそう仰る筈だ。そう、ジェノスは付け加えた。
 「先生」が誰なのか、名前には解らない。しかし一瞬――ほんの一瞬だけ、ジェノスが笑みを見せたように思えた。決して満面の笑みとは言えず、わずかな微笑み程度のものだったが、それでも名前には特別なものに思えてならなかった。初めて見る、笑顔だった。
「……はい!」
「ただしだ」
「はい?」

 既に、ジェノスはいつもの無表情に戻っていた。名前がよく知る顔だ。もっとも、殺気こそ籠っていないが。安心する顔には違いないが、名前はもう一度、彼の笑顔を見たいと思った。
「お前が悪さをしないよう、いつでも俺が見張る。それで良いな」



「それはつまり、いつも一緒に居て良いということですか?」
「何故そうなる」

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