「……命乞いか? その必要はない。お前は俺が排除する」
「違いますよー」
 名前はにこにこと笑い続ける。彼の動揺が解ったからだ。ジェノスは口で言う前に、この右手から例の光線を放てば良いのだ。災害“竜”の怪人を野放しにした場合と、そこらに居る一般人を巻き込んだ場合と、どちらが被害が大きいのかを考え、行動するべきだ。しかしそれにも関わらず、ジェノスの右手は未だ沈黙を守っている。
「私、ジェノスさんを好きになっちゃったんです」

「おかしいですよね。一度会っただけなのに」名前が言う。それから「一目惚れってやつですかね?」と言葉を付け足した。
「私も最初、自分が何を考えてるのか解らなかったんですよー。だってあなたは人間でヒーローだし、私はその敵役ですもん。でも、寝ても覚めてもジェノスさんのことしか考えられなくて」
 微動だにしていなかったジェノスが、ぴくりと眉を寄せた。
「俺を油断させるつもりなら――」
「だからー、そんなんじゃないですって」
 ぶっ殺しますよ、と普段なら言うかもしれないが、今の名前はそう言って笑うだけに留めた。ジェノスは無表情だが、段々と困惑が広がり始めているのが感じられる。
「私、本当にジェノスさんのことが好きなんです。その金色の髪も、黒い目も、サイボーグの体も。何より、私を殺そうとするその目がたまらなく好きなんです」名前が言った。「でも、そういう険しいお顔だけじゃない。あなたのもっと色々な顔を見てみたいなーって思うんです」
 ジェノスは暫く口を噤んでいた。その目は未だ名前を睨み付けている。
「……お前は怪人だろう」
「そうですよー」
 名前は笑った。
「でも、怪人が誰かを好きになっちゃいけないんですか」

「好きです、ジェノスさん。好きで好きで好きで――」
「やめろ!」
 ジェノスが言った。どうやら相当驚いているのか、彼の右手から熱が引き始めている。名前は別に、彼を驚かせたいわけでも、困らせたいわけでもなかったのに。どうせ殺されるなら、その前に自分の気持ちを知っておいて欲しかったのだ。それ以上は求めない。まさか自分を好きになって欲しいだとか、そういうことは決してない。
 いや、そんなことはないか。名前はあっさり否定した。どうせなら、そう、彼にもっと私を見て欲しい。人間の男女のように仲良くなりたい。
 名前の両手は、今や彼の右手を握っているだけだ。振り払おうと思えばそうできるだろう。しかし、ジェノスはそうしなかった。


 ジェノスの頭の中は、今や様々な事象がごちゃ混ぜになって回っていた。
 この女は怪人であって、倒すべき存在だ。それなのに俺を好きだという。単に俺を油断させるためだけの言葉かもしれない。その割には嘘をついているようには見えないが。それに、何かをしようという様子もない。俺は狂サイボーグに復讐しなければならない身であって、こんな雑魚に構っている暇はない。負けるつもりも毛頭ない。それならば早く、こいつに焼却砲なり何なりを叩き込まなくては。しかし――。
 ジェノスの考えが纏まる前に、名前が言った。
「ジェノスさん、どうしたら私を好きになってくれますか?」

 そして、ジェノスは気付いた。気付いてしまった。怪人の女の目には嘘偽りがなく、ただひたすら恋情だけが自分に向けられているのだと。

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