ジェノスと出会ってからというもの、名前はちょくちょく地上へ行くようになった(黒い精子の助言を実行するつもりはなかった)。偏に、鬼サイボーグ会いたさゆえだ。あの黄金の髪を一目でも良いから見たかった。それが叶うなら殺されたって良い。むしろジェノスになら殺されたい。名前は自分のことをどちらかというとサディストだと思っていたのだが、彼に出会い、自身がマゾヒスティックな嗜好も持ち合わせていることが解った。妙な話だ。怪人になってから、もう何年も経つのに。
 名前が度々アジトを留守にするので、怪人協会の連中は名前がとうとう毎日誰かを殺さないと気が済まなくなった、とでも思ったらしい。普通の女の子として名前を見ていたらしいホームレス帝には微妙な顔をされたし、逆にサイコスは嬉しそうだった。多分、名前が人類撲滅の賛成派になったとでも思ったのだろう。それまでの名前は怪人協会に参加してはいるものの、いわば数合わせのようなものだった。他の連中のように、積極的に人間達を滅ぼそうとしていたわけではなかったのだ。そもそも、怪人協会には誘われたからノリで了承しただけだ。サイコスの思想に関しては別段何とも思っちゃいない。人類の殲滅など、やりたい人がやればいい。


 ヒーローに惚れている、などとバレては色々と面倒くさいことになるだろうと解っていた。その為名前は仕方なく、町へ出る時は虐殺を繰り返していた。もっとも必要に駆られているわけではないから、その規模も小さなものだし、何故だかそれほど気持ち良くない。
 そう、気持ちよくないのだ。
 心の臓を引き千切り、その血を頭から浴びたところで少しも気持ち良くない。何より、つまらない。自分がどうにかなってしまったのではないか、と、名前ですらそう思っていた。人間を殺している時より、彼を探しながら街を歩いている時の方が楽しいなんて。

 ぼんやりと街中を歩く。名前は中身こそ怪人だが、見た目は人間そのものだった。辺りの人間を皆殺しにしない限り、怪人とはばれないのだ。ここ数日、怠惰に人間を殺し続けているおかげで、殺戮衝動は少しもなかった。しかし、数人の男に付き纏われた時は文字通り殺意が湧いた。ナンパなら、もっとちゃんと相手を選べばいいのに。「そういうのいいんで」とあしらいながらも、こきり、と右手が小さな音を立てた。
 ぺらぺらと喋っている男達が急に黙り込んだ。名前はまだ何もしていないのに。改めて耳を澄ませてみれば、誰かが追い払ってくれたらしい。男達が散り散りになって逃げていく。声の方を見ると、名前の胸が高鳴った。
 ジェノスは名前が誰なのかに気付くと、カッと目を見開く。
「おま――」
「ジェノスさん!」
 名前の大声に人間が何人か振り向いたが、知ったことじゃない。ジェノスは右手を名前の方へ突き付けていたが、名前が特に気にせず歩いていたことと、辺りに大勢の一般人が居たことから、焼却砲を放てないようだった。すぐ目の前まで来た時も、ジェノスは少しも警戒を解いていなかった。しかしながら、名前は自分の顔が自然とにこにこし出すのを止められない。
「お前、この間の怪人だな?」
「やっとお会いできましたね! 私、ジェノスさんに会いたくてあれから毎日こっちに来てたんですよー」
「人の話を聞け」
 普段の名前なら、この声に苛立ちが含まれていることに気が付いただろうが、生憎と今の名前は浮かれ切っていて気付かない。ジェノスを前にすると、殺戮衝動どころか他の感情でさえも鈍くなるようだ。
「でもなかなか会えなくて……いっそ人間の街全部を破壊してやろうかなって思っちゃいましたよ。そうしたら、鬼サイボーグさんは出てきてくれるでしょう?」
「お前……」
 ジェノスは名前に向けていた右手を、そのまま名前の顔面へと突き付けた。目の前で高エネルギーが集められていく。それを見ても尚、名前は微笑んでいた。ジェノスがそれを放てないと解っているからではない。それを受けても死なないと解っているからでもない。彼の目に自分が留まっていることが嬉しいのだ。
 どうやらジェノスがこの時になって攻撃態勢に入ったのは、名前が本当に以前会った怪人なのか、判断が付かなかったからのようだ。

 名前はガッと彼の手を掴む。まだお話していたいのに、この手は邪魔だ。しかしいつでも攻撃できる位置でないと、彼は不安だろう。千切ってやるのも良いかもしれないが、積極的に殺し合いがしたいわけじゃない。名前はジェノスの右手を自分の心臓の前まで押し下げ、にこりと微笑んだ。二人の距離は腕一本分。名前は彼の睫毛ですら、きらきらと輝いていることを発見した。彼の金色が、ひどく目映い。
「私、ジェノスさんが好きです」

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