いち
ベルが恋をした。
本人から聞いたので、間違いない。別にその事自体については何の問題も無い。ベルのことが好きなわけではないし、そもそも、恋愛なんて個人の好きにしたら良いと思うし。
ただ、その相手が問題なのだ。
「あー……チェリーくん、だったかな」
「タブンネー」
彼のパートナーポケモンのタブンネが、その種族名通りのいい加減な返事をする。が、彼女に罪は無い。むしろタブンネは可愛い。
「チェレンです」
苛立ち紛れに冷たくそう告げると、「ああ、そうそう、チェレンくん」と、彼は特にすまなさそうにする様子も無い。むかつく。
このいけ好かない男こそ、幼馴染みの思い人だった。
チェレンは彼のことを殆ど何も知らない。しかしいけ好かない。知っているのは彼の名が名前だということと、ポケモンバトルが滅法強いということだけだ。しかしその名前が本名なのかは定かでないし、バトルが強いというのだって人から聞いた話なので本当かは解らない。
「それで、チェレン、くん、は、何か用かな。俺に」
「名前さん、今日こそバトルしてもらいますよ」
チェレンがそう言うと、名前は目に見えて嫌そうにした。
「嫌だよ……オジサンには君らみたいな若い子の相手は疲れるんだよ。面倒くさい」
「僕だってメンドーですよ! でも、僕はあなたの実力を確かめなくちゃならないんです!」
どうせ日がな一日寝てるだけでしょと言うと、名前は更に嫌そうな顔をした。嫌そうというか、本当に面倒くさそうだ。
「勘違いしてるようだから言っておくけど、ベルちゃんが俺のことを好きなのは俺がバトルに強いからじゃあないよ。むしろ、あの子は俺の手持ちすら知らないんじゃない? 気にしなくても−−まあ君も若いから解らないだろうけど−−その内飽きるよ。一時の気の迷いだ」
「は……」
じゃあね、と、名前がそう言ったのを最後に、チェレンの視界が閉ざされる。
ガチャリと鍵の掛かる音がした。
安っぽいアパートの扉を前に、チェレンは暫くそこで呆然と立ち尽くしていた。というか−−
「解ってたのか……!」
それから何度かインターフォンを鳴らしたが、とうとう名前は顔を出さなかった。
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