恋をしてしまった。怪人の私が。ヒーロー鬼サイボーグに。
 あの冷え冷えとした黒い目を思い出すだけで、名前の頬はかあっと熱くなる。彼の無機質な声を思い出すと、名前の胸はどきどきと脈を打ち始めた。人間だった時、こんな風に誰かを思ったことがあるだろうか。解らない。忘れてしまった。名前が人間だったのは、もう随分と昔のことだから。

 何か他の事を考えようとしても、すぐにジェノスの顔が浮かんできた。どうしても、脳裏から離れてくれないのだ。彼が名前を殺そうとするあの目。――たまらない。彼になら殺されても良いなと名前は思う。そうしたら彼は、ヒーローとして自信を付けてくれるだろう。だって私、災害レベル“竜”だもの。調べたところによると、彼は二、三か月ほど前にヒーローになったばかりで、S級ヒーローだというのにろくな怪人を倒していないようだった。
 自分が何を考えているのかに気付き、名前は一人赤面した。殺されたいだなんて。死にたくなくて、気付けば馬鹿みたいな回復力を手に入れていたのだというのに。
 しかし、彼が自分を殺してくれたなら、きっと今までとは違う顔を――眉根を寄せ、睨み付けてくる顔だけじゃなくて――見せてくれるんじゃないかとも思う。それなら、殺される価値があるんじゃないか。どうだろう。


「いや、だからよ、何で俺に言うんだ?」
「精子さんが一番いい加減な答えをしてくれるんじゃないかと」
「なめてるだろお前ほんと」
 今度サイコスに口利きして待遇良くさせてやるからというと、黒い精子は元から眉根を寄せていたのに、更に眉間の皺を深くした。しかしそれ以上追及するのはやめてくれたので、その事には感謝だ。メガミメガネにでも聞けよと、黒い精子はぶつぶつ言う。
「女に男の気持ちなんて解んないじゃないですかー」
「……まあな」
 黒い精子は訝しそうに名前を見る。
 実のところ、名前はメガミメガネの元を最初に訪れていた。男を射止めるにはどうしたら良いのかと。しかし彼女は、そんなもの洗脳ハートビームでイチコロよとのたまった。名前は先日数十人もの人間を殺してきたばかりだったが、この女の脳髄を引きずり出してやったらどれだけ気持ちいいかと考えないではいられなかった。
「あれだろ、さくっと手足もいじまえば良いんじゃねえの」
 かこっちまえよ、と。
「わーどうしよう。精子さんに声を掛けたのを後悔し始めました」
「殺すよマジで」

 へらへらと笑いながら、黒い精子にしてはまともな答えをくれたことに驚く。名前が望んでいたのは、馬鹿じゃねえのと一蹴されることだったのに。もっとも、普通の人間にそんな事をしたら、ショック死するか、もしくは失血死するだろうということは指摘しなかった。
 コイノソーダン。いやにむず痒い。そしてひどく気恥ずかしい。
 名前が一人で百面相し始めたのを見て、黒い精子はますます眉を顰めた。こいつ本気か、と。名前は怪人だ。奇しくもキリサキングが言った通り、殺すことだけを考えていればそれでいいのだ。いかに殺すか。いかに怖がらせるか。


 そう言えば、名前が好きになった相手が実はS級ヒーローのサイボーグだとは伝えていない。
「手足もいだら爆発されたりとかしないですかねー」
「お前何に惚れたんだよ」

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