五日に一度程度、名前は殺戮衝動に駆られて地上へ上がっていた。人を殺すことについて特に何も感じないのは、自分が怪人だからなのだろう。しいて言うなら、「安心」する。手のひらの中で脈打つ心臓を握り潰す時、名前は底知れぬ安堵感を胸に抱くのだ。
 名前に向かって果敢に向かってきたその男は、既に事切れていた。胸に差し込んでいた腕を抜くと、グロテスクで、それでいて淫猥な音が鳴った。そのまま男を放り投げる。頽れたそれは、確か自身をヒーローと自称していたか。ヒーロー。三年ほど前に設立された組織。怪人を倒す正義の味方。そして名前達の敵。ぞくぞく、した。
 快感に身を委ねていた時、名前は空気が焼け付くのを感じた。
 振り返れば、男が一人。
「お前を排除する」

 男の手から、超濃度の光の束が放たれる。それを名前が避けられなかったのは何故なのだろう。
 目映い、金の髪をしていた。両腕は機械の腕だ。サイボーグというやつなのだろう。人間ではありえない熱量を体内に秘めていることから、彼の体の殆どが機械だろうと推測される。黒々と光るその目も作り物で、その両眼は今、名前だけを映していた。
 凄まじい熱量に、名前の身が呑み込まれた。

 かろうじて下半身は焼け残っていたらしい。それを礎に超速再生すると、金髪のサイボーグは目を見開いた。名前が死んだと思ったのだろう。名前は彼の心臓部を抉り出す代わりに、「あなたは誰?」と尋ねた。男は答えない。男の放つ高熱砲にはエネルギーを溜める時間が要るらしく、何をしてくる様子もない。五メートルほど離れた所に立っているそのサイボーグは、両手を名前の方へ構えたまま、動こうとはしなかった。
「あ、あなたもヒーローなんですか?」
「そうだ。だからお前を排除する」
 ぎらりと睨み付けられ、名前は身を縮こませた。

 別に、恐いわけではなかった。

 男の攻撃が自分にとってさしたる脅威でないことは解り切っていた。さっきだって、すぐさま再生することができたじゃないか。恐いわけがない。しかし、ぞくぞくと痺れに似た何かが、体中を駆け巡っていく。これは恐怖なのだろうか? それならば何故?
 不意に、胸が外気に晒されている事に気が付いて、名前は慌てて腕で隠す。恥ずかし、かった。
「言い残すことがあるなら今の内に言っておけ」
「あの、お、お兄さんの名前は、何というんですか……?」
「ジェノスだ」黄金色の髪をした男はそう名乗った。
「言いたいことはそれだけか」
「そ、そうかも……今のところは……」
 男が眉を寄せるのが見えた。もう一度同じ光線を放とうとしているのを見るに、全身に攻撃を浴びせれば片が付くと思っているのかもしれない。名前は木端微塵にされても死なないのに。彼の間違いを正したくもあったが、そのために再び死んでやる気にはなれなかった。巨大な熱の塊を避け、金髪のサイボーグ――ジェノスの背後へと現れる。それにジェノスが気付いた時、名前は遥か後方まで跳び去っていた。
「俺から逃げられると思うな」再び彼の掌に光が収束し始めている。
「今日は引き上げてあげます」名前が言った。「ジェノスさん、ヒーローなんですよね。また、会いましょう、ね」
 ジェノスが三度目の焼却砲を放った時、名前は既に怪人協会のアジト付近まで走り抜けていた。自分の胸が高鳴るのは久々に全力疾走したからなのか、それとも先程の金髪サイボーグを思い出してのことなのか、判断が付かなかった。ただ一つ解るのは、例え作り物ばかりの彼の心臓が正真正銘の生きた心臓だとして、それを握り潰したとしても、快感は得られないだろうということだけだった。

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