とんとん、と、控えめなノックが耳に届いた。「開いていますー」と声に出せば、顔を出したのはホームレス帝。新入りさんである。
「邪魔をしてしまったか?」
「いいえー」
 名前が尚もベッドに横たわったまま、天井を眺め続けているので、どうやら心配になったようだ。うん、だって私一度も彼の方を見てないし。彼は人間の部分がまだだいぶ残ってるんだなあ、と、頭の片隅で考えつつも、名前は特にこれといった言葉を発しなかった。
 名前とホームレス帝は仲が良い。多分。おそらく。比較的には。最近怪人協会に入ったばかりのホームレス帝は、時々こうして名前の元を訪れた。居心地が悪いのかなあと名前は思う。彼は協会の一員としても新入りだが、怪人としても新人だった。ついこの間まで人間だったのだ。多分、人肌が恋しいとかそういう感じのだろう。上手く言葉に表せないが。名前は怪人協会の中でも一番人型に近い。というか、見た目だけなら殆ど人間だ。
「何をしていたのだ?」
「天井の染みを数えてました」
 ぼんやりと答える。蟲神やキリサキングはこの名前の声を聞いて「気違いみたいな間抜け声」と評すが、別に名前だって好きでぼんやりした声を出しているわけじゃない。きりっとする時はきりっとするのだ。そんな機会に恵まれないだけで。
 ホームレス帝が天井を見上げた。巨大な廃工場を利用し、基地へと改造されたこの場所は、その大半がコンクリートでできている。染みなどある筈がない。ホームレス帝は何も言わなかった。多分、名前だけに見えている「染み」を見ているのだと結論付けたんじゃないかな。失礼な。

「この協会で、具体的に何をすれば良いのかと思って」
「わざわざ聞きに来たんですかあ? 真面目だなー」
 何の予備モーションもなく、倒れた時の様子を逆再生したかのように、名前はゆらりと身を起こした。ホームレス帝が視界に入る。今日も汚らしいなおっさん。せめてジャージは繕えよ。
「別に、あれですよ。何の目的もなくだらだらと放課後を過ごす中学生たちと一緒ですよ。ただこうしてだべったり、ぐだぐだしてりゃー良いんです。少なくとも今のところはね」
 にへらと笑う。ホームレス帝は納得しなかった。
「この組織は何を目指している?」
「んー……サイコスさんは、人類の撲滅を謳ってますなー。何もしてないのが嫌ってんなら、ちょっと地上に行って人間でも殺して来たらいいんじゃないですかね。まあ、最近じゃ此処いらの人間はみんな避難してしまって、ちょっと遠出しなきゃですけどもー」
 人間殺したことはあるんでしょと名前が問えば、ホームレス帝はすんなりと頷いた。それはもう、何のためらいもなく。名前の口は、独りでに弧を描いた。

「ここの連中は……その、血の気の多いのが集まっているようだな」
「んん? 何かありました?」
 ホームレス帝は言葉を濁した。
「キリサキングさんじゃないですか?」
 無言。つまり肯定である。
「あの人のあれは特殊性癖みたいなもんなんで。まあ怪我したくなきゃ、近寄らんのが得策ですわなー」
「お前が言うと全て軽々しく聞こえるな」ホームレス帝が苦笑した。「名前はどうして怪人協会に入ったのだ?」

「ノリです」
「ノリか」

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