さむいひ

 アサギの街の端にできたバトルフロンティアという施設は、遠くシンオウ地方から興行に来ている。それは解っているのだが、名前には目の前の事象が信じられない。
「さ……」喉の奥で声が凍り付いてしまったかのようだった。「さっぶ……」
「そうかなー」
 名前がぶるぶると震えている中、ネジキはファクトリーのポケモン達と遊んでいる。グレイシアやユキメノコ、ユキノオーなんかと。こおりタイプの彼らにとってしてみれば、この雪は嬉しいものに違いない。この辺りは雪が降らないから。駆け回っているグレイシア達を見ていると心が和む。和む、が、
「し、信じられない。なななんでネジキくんは、いつも通りなの……!」
 彼らの傍らで異様な情熱を燃やし、雪だるまを作っていたネジキは顔を上げた。名前がマフラーを二重に巻き、厚手のコート、セーターを着込み、可愛げの欠片もないスキー用の手袋を身に付けているというのに、ネジキの恰好と来たらいつも通りだ。せいぜい手袋をしているくらいか。それにしたって薄着にも程がある。見ていて寒い。
 というかこいつ、雪だるま作るの上手すぎじゃね。

「僕が思うに、名前、寒がり過ぎじゃないかなー。シンオウ地方の冬はもっと寒いよー」
「ここはジョウトなんで」
 私は生まれも育ちもジョウト地方のアサギシティなんで。そんな軽口も叩けないほど、名前は冷え切っていた。
「むー……」ぽすんぽすんと雪玉を叩きながら、ネジキが唸る。
「まー、こういう雪は早く溶けるし、名前には良かったんじゃないかなー」
「今降らせてるのは、明らかに君のユキノオーだよね!」
 名前がそう叫べば、ユキノオーがしゅんと頭を下げた。どうやら聞こえていたらしい。違うの違うの君が嫌いなんじゃないの、と、慌てて名前はユキノオーに謝る。本当に、どれもこれもネジキのせいだ。ネジキがシンオウ出身で、寒さに慣れ過ぎているのが悪い。
 逆恨みも甚だしい。もっとも、名前だってそれは解っているのだが。早く、春が来ればいいのに。
 視界で動く緑色が見えないと思ったら、ネジキは雪だるま制作の手を止め、ジーっと此方を眺めていた。
「な、なに」
「……名前、だったら家の中にでも居ればいいじゃない」
「っな!」
 ネジキが立ち上がった。手についていた雪をぱんぱんと払う。


「寒い寒いって言いながらも、僕の側に居たいんでしょー。まったく、愛されてる感じがするなー」
「だっ、誰が!」
 多分、私の顔は今赤いに違いない。寒さとは関係なしに。
「そ、そんなんじゃないから!」
「……32パーセントってとこ?」
「何の数値よ!」もはや羞恥で引っ込みが付かなくなっている名前は、ネジキが何を言っても噛み付いてしまう。「調査・分析マシーンもないくせに!」
 ネジキはからからと笑い、「それを言ったらまたきみは怒るんでしょー」と言った。

 さくさくと雪を踏みしめ、ネジキが名前のすぐ側までやってくる。
「な、何よ」
 すぽっと音の付きそうなほど軽快に左手の手袋をとると、彼はそのまま何も纏っていない手を名前の頬へ添えた。氷のような、つめたさ。


 叫び声を上げその手を振り払うと、またしてもネジキは愉快げに笑った。
「寒いって言ってる割に、君の顔は熱いなー」
「あんたの手が冷た過ぎるんでしょう!」
 名前が怒鳴ると、ネジキは「グレッグルみたいだなー」と言い、ますます名前の火に油を注いだ。こいつ、どうしてやろう!

 ファクトリー準拠のルール下ではなかなか勝てないが、普通のポケモンバトルなら話は別だ。ああしてこうしてとが名前不穏な計画を練っている中、ネジキは「あんまり遠くへ行くんじゃないよー」と、ポケモン達に声を掛けていた。元気な返事が返ってくる。
「特性さむがりの名前には、僕特製のホットミルクを作ってあげましょーね」
 へらっと笑い、名前の手を引いて歩き出す。たったこれだけで自分の機嫌は直ってしまうのだから、安上がりも甚だしい。手袋を通して触れる彼の手は氷のように冷たいのに、二人が繋がっているその場所から暖かい何かが生まれているようだった。

[ 14/832 ]

[*prev] [next#]
[モドル]
[しおりを挟む]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -