キングはそれ以上は促さなかった。名前がどうして怪人に立ち向かったのか、どうして負った筈の怪我が治ったのか、何一つ聞かなかった。尋ねないでいてくれる、彼の優しさなのか。それとも、名前が話し出すのを待ってくれているのか。
「私、その、」
「うん」
 名前が口を開くと、キングは静かに頷いた。
「その、昔、人体実験の実験体だったことがあって」

 二十年ほど前だろうか。名前は孤児だった。その頃孤児になったのか最初からそうだったのか、それは解らない。気付いたら家族と呼べるべきものは存在しておらず、代わりに名前を育てていたのが、ジーナスという科学者だった。今になって思えば、親が名前をジーナスに売り付けたのかもしれない。彼が名前を見る目には、時々憐れみに似た何かが混じっていた。
 進化の家、そこが名前が育った場所であり、全てだった。ジーナス博士が目指していたのは、新人類の創造。まったく新たな人類、その新人類による新世界。彼は賢過ぎる頭脳を有しており、その対価としていつも孤独だった。ジーナスが夢に見たのは、彼の優秀な頭脳が一般的なものとなるような、そんな世界を創り出すことだった。
 そんな中、名前は実験体として連れてこられた。実験体サンプル32号。それが名前を示す全てだった。

 ジーナス博士の研究は新たな人類を造ろうというものではあったが、それには困難を極めた。いかに天才であったとしても、無から有を創り上げるのは難しい。そして名前は、初めての人間の実験体だった。強靭な肉体、人知を超えた頭脳。そして名前が手に入れたのは、底知れぬ回復力だった。
 何度も実験を重ねたが、名前はジーナスが望む結果を出せなかった。名前は相変わらず馬鹿だったし、肉体の強さも人並みかその少し上くらいに留まっていたからだ。別の人間が実験に使われ始めたのも、おそらくその頃だろう。
 そして、随分と後になってからだが、ジーナスは気が付いた。名前には驚異的な回復力があった。怪我はすぐに治るし、風邪も引かない。致命傷を負わせてみても死ななければ、電気ショックや毒物を与えてみても死ななかったのだ。ジーナスが話して聞かせたところによると、名前が不死身になったのは偶然の産物、神の悪戯に過ぎなかった。何度かの実験のどれか、もしくは複数が互いに作用しあってこの結果が生まれたのだという。

 それからも、名前はジーナスの実験体として使われ続けた。「偶然」という言葉でしか表現できない不死身の名前は、ジーナスにとって憎しみの対象でしかなかったらしく、度々辛い目に遭わせられたが、それでも彼は名前を捨てなかった。そして十年ほど前だろうか、実験体の一人が暴れ出し、進化の家はほぼ壊滅状態、名前も彼に連れられてそこを出ることとなった。以来、戸籍も気にしないようなアルバイトを続けては、ゲームをして過ごす日々だ。

「戸籍のいらないアルバイトって」
「SPとかボディーガードみたいな」
 個人で雇ってくれるやつ、と言えば、キングは呆れるような表情を浮かべた。


「それで」キングが言った。「何、名前氏は実はめちゃくちゃ強かったりするの?」
「まさか。漫画の読み過ぎだよ」
「それじゃあ……不死身? なだけ?」
「そう」
「それだけで怪人に立ち向かうのはどうかと」
「でも放っておくのもさ。あの怪人……深海王とか言ってたかな、そこに居る人間、皆殺しにする気満々だったし」
 名前がそう言うと、キングは「まあ名前氏に怪我がなくて良かったよ」と言った。

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