無心になってお湯を浴びていると、段々と先程の記憶が蘇ってきた。やべえ。まさか、自分の家で誰かとエンカウントするとは思わなかった。しかもキングだ。終わった。
 大きな溜息を一つこぼし、それから名前は体を洗い始めた。こびり付いた血液も、お湯を当てていればやがては落ちていった。ピンク色に泡立ったシャンプーを洗い流しながら、名前は次にキングに会った時にどうすれば良いのかを考えていた。しかしながら何も思いつかない。何と言えば良いと言うのか。
 別に、キングが居たことは良いのだ。自分が言ったことだし、彼が名前の部屋に居るかもしれないという可能性を思い付かなかった名前の責任だ。そうではなく、あの血まみれの状態を彼に見られたことが問題だ。
 何て誤魔化せばいいのか。
 日常的にああいう風に血まみれになることがあるだろうか。怪我以外で。いや、怪我はしたのだと言ってしまったのだっけ? やべえ。あれだけの量の血が流れる怪我が、もう治ったってどういうことだ。どう誤魔化せばいいんだ。
 考えたところで良い嘘は浮かばなかった。そもそもにして、名前の頭脳は人並み以下なのだ。あの状況下でキングが納得できるような言い訳が思い付く筈もない。やはり、素直に打ち明けるべきなのだろうか? 怪人に出くわしたんだけど、それが強そうな奴だったから自分のポテンシャルを生かしてヒーローの手伝いをした。それが真実であり、それ以上でもそれ以下でもなかった。
 名前は溜息をついた。

 名前にとって、キングは初めての友達だった。それでいて、あれだけ気が合う人間は他に二人と居ないだろう。
 彼に自分の秘密を――打ち明けると考えただけで、憂鬱だ。実は某科学者の実験体の一つで、首を切り落としても心臓を潰しても生きていられる不死身だと。そんなことを言われたら誰だって困惑する。俺だってそうする。
「絶交かな……」
 そりゃ、仲良くしてた人が化け物染みた再生力を持ってると知ったら、気持ち悪いよなあ。名前は再び溜息をついた。だから隠していた。だから言わなかった。だから秘密にしていた、それなのに。
 明日にでも引っ越そう。ここからできるだけ遠いところが良い。Z市とかどうだろう。一部はゴーストタウンになっているそうだから、その辺で誰にも会わず密かに暮らすのだ。割かし良い考えじゃないか。
 体中に付いた血が粗方流れ落ちたのを確認すると、名前は蛇口を捻った。お湯がやがて止まり、名前は最低限の水気を振り払うと、そっとバスルームから出た。

 キングは名前が頼んだ通り、バスタオルを出しておいてくれていた。テーブルの上にあったそれを取り上げ、ひとまず髪を拭く。そうして唖然と此方を見ているキングを目に留めると、黙ってバスルームに戻った。やべえ。


 しっかりタオルを巻き付け外に出ると、やはりキングはまだそこに居た。彼は再び名前と目が合うと、今度こそさっと目を逸らし、そのまま両手で目を覆った。複雑な気持ちになりながら名前は部屋へ出て、下着と部屋着を取り出すとその場を後にした。
 服を着てバスルームから出ると、キングが恐々と目を開けるところだった。その顔は心なしかまだ赤い。この気まずい空気ときたら。どうしようかなあと、名前は内心で溜息を吐いた。
「取り敢えずさ、お茶でも飲む?」

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