つまりどういうことだってばよ

 名前が「バイト」で家を留守にしてから、三週間ほどが経っただろうか。キングは彼女が何のバイトをしているのか知らなかったし、さほど知りたいとも思っていなかった。いや、確かに知りたいとは思うが、だからといって彼女に負担を掛けたいわけではない。キングが思うのは、ただ名前が早く帰って来ないかなということだけだ。

 キングはこの日、名前の部屋で持ち込んだゲームに没頭していた。もっともこの日だけではなく、毎日のように入り浸っていた。最近では自分の部屋に居るより長いかもしれない。別に電気代をけちってとか、そういうのじゃない。むしろ部屋の中の物にだって少しも触っていないのだ。言われた通り、冷蔵庫の中だけは綺麗にしておいたが、キングはそれ以上のことをしていなかった。当たり前だが。
 自分自身に対し、キングは色々な言い訳を重ねていた。此方の部屋の方が日当たりが悪く涼しいからとか、前日に殺虫剤を撒き過ぎて部屋が臭いのだとか、本当に色々。しかしそれも二週間が経つ頃になると苦しくなってきて、キングは認めないわけにはいかなかった。自分が名前の部屋に入り浸るのは、帰って来た彼女にいち早く会いたいからだと。
 中学生じゃあるまいに……そう思いながらも、キングは自分の部屋に帰れなかった。
 もっとも、名前のことを案じてもいた。まさか、彼女の身に悪いことが起きたのでは? 帰りたくても帰れない状態になっているのでは? 実はずっと前、彼女の副業に(本業がコンビニのアルバイトだと考えるとおかしな言い回しだが、これ以外にぴったりくる言葉が見当たらない)ついて聞いてみたことがあるのだ。死ぬことはないけど怪我はするかも、名前は間違いなくそう言っていた。
 だからこの日、暮れ方になった頃、独りでに玄関の鍵がガチャガチャ言い始めた時、キングは嬉しくて堪らなかった。名前が帰って来たのだ。急いでDSの電源を落とし、出迎えようと立ち上がる。
「おかえり名前……氏……」
 誰がそう呼び出したのかは知らないが、キングエンジンが鳴動し始めた。不思議なことに、そのうるささの中でも、此方を向いた名前が「やべえ」と呟いたのはちゃんと解った。「やべえ」ではなく「っべー」とかだったかもしれないが、どちらでも良い。
 キングは叫び声を上げることすら忘れていた。

 名前は血まみれだった。
 顔にも血はついているが、一番酷いのは腹部だった。ちょうど心臓があるのではという位置(破れたシャツの隙間から、彼女の胸が見えそうになって、慌てて視線を逸らした)から、その下が真っ赤に染まっていた。もっともそれらの血はとうに乾いているらしく、蛍光灯の光の元、赤黒く変色しているのがすぐに解った。着ているスーツもぼろぼろで、上着など繊維でかろうじて繋がっているような状態だ。
「……病院」やっと、言葉が出た。
「病院……そうだ病院、病院へ行かなきゃ名前氏」
「そうだ、居ても良いよって言ったんだったな」
「何でそんな、ち、血まみれで……」
 キングが震えながら言葉を口にしていても、名前は少しも気に留めない。それどころか参ったなという風に頭を掻いている。髪の毛も血に濡れたようで、ごわごわと凝り固まっていた。
「落ち着いてよキング氏。これ全部返り血……いや違うわ。違うけど違うわ」
 慌てふためいているキングにも、彼女の言っていることは解った。返り血ではないのなら、彼女の血ということじゃないか。
「病院……ちゃんと医者に診てもらわなきゃ」
「落ち着いてキング氏。私なら大丈夫だから」
「そんなわけないだろ! ちゃんと病院に――」
「キング!」
 突然の名前の大声に、キングは口を閉ざした。
「私は大丈夫だから。怪我はしたけどもう治ったから心配しないで。とりあえず風呂に入らせて」
 そっちの棚の下から二段目にバスタオルが入ってるから、出しておいて。そう言って、名前はバスルームに消えた。キングは呆然としながらそれを見送っていた。
 今帰って来たのは、本当に自分の知っている名前だったのだろうか?
 訳が分からず、取り敢えず言われた通り、タオルは出しておいた。やがて水音が聞こえてきたが、キングはその場から動けなかった。

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