新たに現れたサイボーグの男が海人族を高熱砲で吹き飛ばした時、名前は半分めり込んでいた壁から抜け出そうとしていた。肺に開いた穴は塞がったと思うのだが、未だ器官に残る血が喉元をせり上がってきて、一、二度咽込む。辺りに居た一般人が名前の様子に気付き、「お、おいアンタ……」と声を掛けようとするが、それもすぐに聞こえなくなった。
 倒された筈の海人族が復活し、サイボーグを吹き飛ばしていた。彼の右腕をもぎ取りながら。
「キレたわ。グチャグチャにしてあげる」海人族が言った。

「シェルターから逃げ出せる者は今すぐ行け! 俺が勝てるとは限らない! 俺が奴の相手をしているうちに行け!」
「一匹もぉおお、逃がさなぁあああああああい」


 空いた弾倉に新たな弾を込めながら、名前は思った。ヒーローって何なんだろう。
 ふらふらと足元が覚束ないのは、脳に損傷を受けたからなのかもしれない。まあそれもじきに治まるだろう。海人族とサイボーグが戦っている時、誰もその場から動かなかった。いや、動けなかった。皆、魅入られたように戦いの行方を見守っている。それは名前も同じで、彼が子供を庇い溶解液に溶かされた時、漸く自身を取り戻すことができた。
 男の前に背を向けるようにして立つ。どうやらサイボーグは丈夫にできているようで、装甲を溶かされた状態でもまだ意識があるようだった。「オイ」、と声を掛けられる。
「私は新人ヒーローです」
「嘘をつくな」
 あ、バレた。

 海人族は名前の存在に気が付くと、一瞬だけ何かを思い出そうとした表情を見せた。そしてすぐに、名前が先程殴り飛ばした人間の一人だと気が付く。
「一般人は下がっていろ。それ以上傷付く必要はない」
「ヒーローじゃなかったら、体張っちゃいけないんですか」
 名前が銃を構えても、海人族は少しも怯まない。銃が何なのか解っていないのか、それとも解っていて自分には効かないと思っているのか。前者だと良いなあと思いながら、名前は走り出す。海人族はそれを見て、ますます笑みを深めるだけだ。
 海人族は名前よりも大きな図体をしているのに、名前よりも素早かった。撃ち込んだ弾丸が彼に当たることはなく、ただいたずらに弾を消費するだけだ。運良く当たった銃弾も、やはりあまり効いていない。
 ただ、ゼロ距離からの攻撃は流石に効果があったようだ。

 自分の体に他者の腕が貫通しているというのは、なかなかに奇妙な感覚だ。上手い具合に痛覚が仕事を放棄していて有り難かった。心臓を潰されても生きているとはなあ、と自分で呆れる。そのまま海人族の顔に拳銃を向ければ、怪人が初めて顔に焦りを浮かべた。気を失わないよう必死になりながら引き金を引いたのと、海人族が名前を放り投げたのはほぼ同時だった。
 結局弾丸は狙いを僅かに逸れ、彼の側頭部をうっすら削るだけという結果に終わった。再び壁に叩き付けられた名前は、今度こそ気を失う。名前が目を覚ましたのは、例の海人族がハゲ頭のヒーローにやられ、倒れ込もうとしている時だった。

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