うみんちゅ、襲来

 何だかんだで、名前はゼニールの元で何週間かを過ごした。Z市に巨大隕石が降ってきた事件ももう終わっている。本当は、もっと早くに帰るつもりだったのだ。まあ、暫く遊んで暮らせるレベルの金にはなったから、結果的には良かったのかもしれないが。
 早くゲームがしたいなあ。予約していたドラクエはもう発売され始めているから、まずはそれを取りに行こう。
 名前は鼻歌まで歌ってしまいそうなくらい機嫌が良かったが、やがてその気分は吹き飛んでしまった。空に避難警報が鳴り渡り、J市の災害避難所で足止めを食らってしまったからである。
 海人族――名前も彼らを見た。海洋生物を象ったらしい彼らは、どうやら侵略を目的にしているようだった。しかし、名前が気にしているのはそこではない。何せ自分は今のところ不死身で、何があっても逃げられる自信があるからだ。気掛かりは、残されたヒーローのこと。
 名前が最後に見た時、ヒーローの前には四人の海人族が居た。彼は大丈夫なのだろうか。観衆が我先にと避難を始めていた為、その波に逆らうことは難しかった。彼が海人族を上手く足止めしているのかどうかは、名前にとってどうでも良かった。A級だか何だか知らないが、無事に逃げおおせていると良い。「ヒーロー」だか何だか知らないが、それで死ぬのは馬鹿馬鹿しい。普段、ヒーローという職を良く思っていない名前だが、見殺しにするのは流石に後味が悪い。

 シェルターの中に避難した人数は、ゆうに五千人を超えているらしい。市民の熱気は恐怖を孕んでいて、じっとりと生温い。だがその内包された恐怖は、一挙に破裂する。避難所が一揺れした次の瞬間、罅割れ、そして大穴が空いた。覗いているのは、怪人の顔。魚が人の形を模しているように見えた。皮膚はぬるぬると湿っていて、顔の両脇には鰓があった。口は大きく裂けていて、ギザギザの歯が垣間見える。
「はじめまして、さようなら」
 怪人の口は弧を描いていた。


 不思議と、悲鳴は上がらなかった。海人族が身を乗り出し、身動ぎするたびに、どよめきが起こるだけのようだ。シェルターを壊されたという事実にか、死を目前にした者の諦観か。
 名前は腰元に手をやりながら、海人族の動向を窺っていた。ゆっくりと歩を進めるものの、果たしてあの怪人に自分の持っている銃が通じるのかどうかは疑問だった。奴が例の槍を手にしたヒーローを倒して来たのか、それとも別のルートを通って来たのかは解らないが、何となく、拳銃はさほど効果が無いように思えた。
 回転式のリボルバーが二丁、バレットナイフが一本。それから後は、小振りのナイフが五本ほど。ゼニールの所から帰る途中で良かった。少なくとも丸腰ではない。元から名前は単に、護衛する相手が逃げる為の時間を稼ぐだけの、いわば身代わり係なのだ。戦闘に特化しているわけじゃない。
 やれるだろうか、こんな装備だけで。やれるだろうか、五千人もの一般人を背後に、何の影響もなく。
 新人類の足掛かりである名前が、驚異的な回復力を手に入れたのは偶然の産物だった。しかし首を切り落としてもしなない代わりに、頭の方はそれほど性能が良くない。しかし、そんな可哀想な名前の頭脳でも解っていた。――そんな装備で大丈夫か? 大丈夫じゃない、問題がありすぎる。

 それでも名前は、銃弾が装填されていることを確かめながら、人垣を縫うようにして海人族に近付いていく。任務の一つと思えば良い。護衛対象は五千人、私はただの身代わりであり、あれを始末できる人間を待っていれば良い。
 始末できる人間とは? ヒーロー?

 安全装置を外した時、声が響いた。名前は思わず声の主に目を向ける。一人の青年が市民の前に立ち、海人族の長と向かい合っていた。
「我々は降参する! 何か要求があれば、その通りにしよう! だから――」髪をオールバックにしたその青年は、知り合いの姿に重なった。「――攻撃しないでくれ。頼む」

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