白いスーツのお兄さんは、やはりヒーローだったようだ。名前は彼から少し離れたところで、怪人とヒーローの動向を見守っていた。周りの市民もそうだった。誰も彼も白スーツの男に手を貸そうとはせず、声援を送るだけだ。みんな結構余裕なんだなあと、名前は不思議な気持ちでその場に突っ立っていた。進化の家の実験体だった名前はともかく、他の人達は一般人じゃなかったのか。
 しかし、名前はやっと気が付いた。ヒーローが来たからこそ、彼らの間に安心が生まれていたのだ。

 アクロバティック白スーツが向かいのビルに吹き飛ばされた時、再び悲鳴が上がり、辺りは混沌となる。怪人が下卑た高笑いをしている中、人々はちりぢりになって逃げて行き、その場には名前だけが残された。
 豚男が名前に気付く。その米神に血管が浮き出たようだった。
「まだ居たのか女ァ!」
 お前みたいな細い奴はムカつくんだとか何とか喚いている怪人を見ながら、今度こそ拳銃を手に取る。怪人と一般人は戦っちゃいけないらしいが、二人目のヒーローも来ないようだし、白スーツのお兄さんも倒れたままだ。気絶しているらしい。そもそも、この怪人を倒すことが名前に課せられた仕事なのだ。


 豚コマーは名前に向かって次々と物を放ってくる。乗り捨てられた数々の自動車は、もう二度と人を乗せることはできないだろう。それらを一つ一つ躱しながら、名前は両手に構えた銃の引き金を引いた。最初の一発は外れたが、残りの三発は上手いこと怪人に命中だ。しかし威力が弱いのか、それとも怪人の肉が分厚すぎるのか、少しも堪えていないようだった。名前は内心で溜息を吐いた。
 こういうのを攻略するには、どうしたら良いのかな。
 ゲーム感覚、というわけではないが、ぼんやりと考えていたのがいけなかったらしい。名前は次の瞬間、予想以上に長かった怪人の腕に薙ぎ倒され、体の右側面を強かコンクリートに打ち付けることになった。思わず口から呻き声が出る。鈍い痛みが肩の下あたりから響いてきて、どうやら折れたかずれたか捻ったかしたらしいことが解った。
 しくじったなあと心の内で呟いた。左手は動くが、衝撃で名前の拳銃は吹き飛んでいた。どうしようもない。

 怪人は名前の首元をぐっと掴み、悠々と持ち上げてみせた。ぶらぶらと足が揺れる。右腕の感覚はほぼ無いに等しいが、ちらりと目をやれば拳銃は握ったままだった。
 ごきり。
 獲物の首が折れた音を聞いた豚コマーは、勝利の笑い声を上げる。やはり俺は最強だ。しかし、その哄笑はすぐに終わることになる。口の中に押し込められたリボルバーが、喉の奥にまで当たっていたからだ。
 えづいている怪人を見据えながら、名前は謝った。まあ、こっちは首を折られたのだから、お相子というものだろう。
「ごめん、細切れは無理だわ」


 流石に咥内の肉は、弾丸を塞いではくれないらしい。拳銃だけで事足りた。やれやれ。

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