「え、怪人」
「うむ」
 ゼニールが頷いた。勝手なこと言いやがってこのクソ親父が、と名前は心の内で呟いたが、結局「お任せ下さい」と言って部屋を後にした。
 このF市に怪人が出たらしい。それだけならまだ良いが、どうやらこのゼニール邸の近くで暴れているのだとか。被害が出る前に、討伐してきて欲しいとのことだ。ゼニール氏は金銭感覚もずれているが、常人としての感覚もずれている。ボディーガードは怪人退治などしない筈だ。
 怪人の出現率が上がっていることがまざまざと思い知らされた気分だ。怪人を倒せと言われたのは初めてだ。しかし、割に合わない給料を(強盗等の襲撃は、毎日起こるわけじゃない)もらっている身分だ。それくらいの願いなら聞いてやっても良いとも思う。
 装備している銃器だけで事足りればいいなあと、名前は欠伸を噛み殺した。

 長いエレベーターの末、漸く外へ出た名前は、確かに怪人が居るらしいと判断せざるを得なかった。叫び声や破壊音が聞こえる。何も居なさそうだったら、「どうやらもうヒーローに倒されたようです」とか何とか適当にでっち上げるつもりだったのに。もう一度小さく欠伸をし、名前は悲鳴が聞こえてくる方へと歩き出した。


「ウオオオオ! 俺は怪人豚コマー! お前ら人の事デブデブ言いやがって! 全員まとめて細切れにしてやる!」
 豚のお面を付けたような太った男が、辺りにある乗用車やら電柱やらを、投げ飛ばしたり圧し折ったりしながら歩いていた。腕力はあるらしい。

 名前は溜息をついた。
「聞きたいんだけど、怪人って自分で名前つけてるの?」
「何だお前は!」
 人波に逆らって歩いていた名前は、怪人に向き合えるような場所で足を止めた。思った通り、逃げようとしない名前に豚男が気付く。怪人が近くの街路樹――しかも、結構な太さのある街路樹を――根元から引き抜き、名前へ向かって投げやったのと、二丁の拳銃を引き抜こうと名前が腰元へとを伸ばしたのと、後ろから走ってきた男が名前ともども身を伏せたのは、ほぼ同時だった。

 体の上を、常葉樹が通り抜けて行った。どうやら髪の毛が掠ったらしく、ちりっと微かな音が聞こえた。
「馬鹿かお前は! さっさと避難していろ!」
 白いスーツを着たお兄さんが、名前へ向かって怒鳴り付けた。先程名前を押し倒し、寸でのところで真っ二つになるのを防いだ男だ。周りの市民の悲鳴が、いつしか歓声混じりのものへと変わっていた。どうやらヒーローらしい。
「ええ……いやでも怪人倒さないと……」
「一般人だろうが!」
「え? 一般人が怪人と戦っちゃいけないんですか?」
「当たり前だ!」
 殴り付けたいのを我慢しているという風に、身を震わせて怒鳴る白スーツ。しかし――知らなかった。怪人退治はヒーローの専売特許なのか。やはりゼニールの感覚はずれている。

 白いスーツのお兄さんが立ち上がり、怪人に向き直った。
「アクロバティック白スーツ見参!」

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