バイト帰り、寝ぼけ眼で鍵をガチャガチャさせていると、名前の部屋でなく、隣の部屋の戸が開いた。キングの部屋だ。
「お帰り名前氏」キングが言った。「ねえ、ちょっと来て欲しいんだけど」
「名前氏、お腹空いてない?」
「……すいてる……」

 ふらふらと誘われるままに、キングの部屋に入った。何やらかぐわしい香りにつられてそれに目を向けると、テーブルの上に得体の知れない料理が鎮座していた。耐熱皿の中に、チーズとケチャップが見える。
「……ラザニア?」
「的な何か」
 キングはそれを手に取ると、キッチンへと行ってしまった。おそらく温め直そうというのだろう。やがて、ブーンと電子音が聞こえてくる。おそらくキングの手作りだろうラザニア的な何か。彼は普段料理などしない。いや、しているかもしれないがあまり見た覚えがない。卵焼きを切り分けるのと、ラザニアを作るのとでは大分違う。
 どういう理由で、あんな手間しか掛からないようなものを作ろうと思ったのか。名前は首を傾げたが、やがてその場に座り込んだ。テーブルには二人分の皿と箸、それからスプーンが置いてある。
「名前氏、ご飯は?」
「……くださーい」

 湯気の立つラザニアを持って、キングが戻ってきたのはそれから二分ほど後のことだった。温め直されたラザニア的な何かはひどく美味しそうだった。美味しそうだったが、同時に重そうだった。軽く胸焼けを感じる。
 そして、常識というものが割と身に付いていない名前だって解る。ラザニアと白飯という組み合わせはどうかと。
「いやあ、世界の料理DSを買ってちゃってさ」
「把握した」
 料理のレシピを音声と動画で示してくれるゲームソフトだ。料理が苦手な名前としては、購入意欲をまったくもって感じなかった。しかし結構ラザニアが様になっているところを見るに、どうやら料理本としては役立つようだ。買ったからには実践したくなった、というところだろう。気持ちは解る。
 キングは夕飯をとっていなかったらしい。理由を尋ねれば、どうせこの時間になれば名前が帰ってくるだろうから、感想を聞きたかったのだと言った。体の良い毒見役じゃなかろうか。
「で、なんでラザニア?」
「ははは」
 キングが笑って誤魔化した。
 エアコンで心地よい温度に保たれているものの、今は夏真っ盛りだ。何でラザニア。どうしてラザニア。チーズが好きな名前としては嬉しいが、何もこの暑い中、わざわざ選ばなくても良いだろうに。冷製スープとか、そういうのは載ってなかったんかな。

 キングが作ったラザニア的な何かは、普通に美味しかった。

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