まいんちゃんは俺の嫁

 商品棚の前で佇んでいると、「いや駄目だろ」と声がした。まさか自分に向けられたものとは思わないので、名前は特に何の反応も返さなかった。大事なのは今日の夕飯を一平ちゃんにするか、スパ王にするかだ。湯切りしたい気分だったのだ。まあその時になって考えるか、と、両方を買い物籠に放り込もうとすると、
「いやだから駄目だろ」
 と、再び声がした。声の方を振り返ると、侍が居た。

「いい歳した女がインスタント麺ばっか買ってんじゃねえよ。なあ?」
「すいません……」
 何故私は見知らぬ侍に叱られているのか。解せぬ。
 ちょんまげ頭で着物を着ているその男は、ご丁寧なことに刀まで下げていた。今の世の中、怪人の出現が多いにしても、自衛の手段としては聊かかっこつけすぎじゃなかろうか。銃刀法は大丈夫なのか、他人事ながら心配してしまう。
「おいイアイ」
「はい師匠」
 師匠……だと……。
 侍の横に佇んでいた、これまた時代錯誤な格好をした人物が、すっと名前の方へ歩み出た。ファンタジーの世界でよく見るような、甲冑のようなものを身に纏っている。いつの間にかちょんまげ頭の侍は消えていた。イアイと呼ばれた甲冑の人は、名前が籠に入れていた商品をぽいぽいと棚に戻すと、「行くぞ」と言ってすたすたと歩き出した。


「いやそれでさ、その人私の籠に野菜とか肉とか色々入れてってさ、しかもレジまでついてくるもんだから逃げられなくて」
「ああ……だから冷蔵庫が豪勢なんだ」
 キングは同情の目を名前に向けていた。

 料理をしないというか、できないというか、ともかく名前は調理全般が不得意だ。だから名前の家の冷蔵庫はいつも空っぽに近いのだが、異常なお節介焼きの侍のおかげで、今では満杯に近い状態になってしまった。きっと、こんな風に食材で埋められるのは最初で最後だろう。記念写真でも撮っておくべきか。
 元から家にあったラーメンに、今日はほうれん草と茹で卵が乗っている。もっとも、ほうれん草は少し茹で時間が長く柔らか過ぎたし、茹で卵は途中で破裂したらしく丸くない。麺の方も、いつの間にか少々のびてしまった。
「多分、アトミック侍だったんじゃないかな」
「アトミック?」
「うん。弟子の方をイアイって呼んでたんでしょ。S級ヒーローのアトミック侍と、A級二位のイアイアンだよ」
「へえー」
「ほんとに名前氏はヒーローに興味ないんだな……」
 実のところ、名前はヒーローという職業が嫌いではないものの、あまり良い印象を持っていなかった。詳しく知らないからというのも理由の一つかもしれないが、名前の知っているヒーローとは、ランキングばかりを気にしているイメージがあるのだ。だから名前はキング以外のヒーローを知らないし、興味もない。
 S級ヒーローってスーパーに来るもんなのかと言えば、近くに怪人が居たんじゃないのとキングは言った。その考えは一理あるかもしれない。ここ最近、前よりも怪人の発生率が上がっている。ヒーロー事情に疎い名前が、当たり前に知っているくらいに。

「まあ何だな」
「うん?」
「師弟関係萌え……」
「本人達には言うなよ」

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