くろまな

 ライモンシティのバトルサブウェイへやって来たのは、トレーナーの旅を終えて家に引き籠っていた私に、気晴らしに挑戦してみてはどうかと友人が言ったからだった。気のいい彼の、そんな気遣いを無下にするのは戸惑われた。もともと、バトルは好きだった。三年もイッシュ中を旅していたくらいだから、当然ではある。乗ったのはダブルトレイン。単に一番好きなバトル方式だったから。
 結果だけを言えば、私は21連勝を果たした。私の使う単純な戦略に上手く嵌ってくれたトレーナーが多かったことと、私のポケモンが有利なタイプが偶然にも多かったからがその理由だ。つまり、私が強いわけでもなんでもなく、単に運が良かっただけのこと。運の良さは続き、私はサブウェイマスターと名乗る青年さえも、どういうわけか、一度挑戦しただけで倒せてしまったのだった(ジムリーダーのようなものらしい)。

 やがてダブルトレインは、終点からの逆走を始めた。窓から外を眺めてみたところでこれは地下鉄、何の面白味もない。しかしながら私は、半ば意固地になりながらその窓を見ていた。ライモンシティから離れる時と違い、列車は止まらない。一定のリズムに身を任す。しかしながら、そうしてみたところでそれは催眠術の代わりにはならなかった。
 クダリと言っただろうか。若いサブウェイマスターは、ほんの少し離れた場所で、身動ぎ一つせず立っていた。別にそれだけなら、私だってこうして何の変化もない車窓の外を見詰めたりはしない。ライモンシティまで彼はああして立っていなければならないのだろうか、大変だな。私はそう思うだろう。
 彼は棒立ちになったまま、ずっと此方を見ていた。
 もしやライモンシティまで、私を見ているつもりなのか。
 私が自意識過剰だというわけではないと思う。数回、車掌の方へ目を向けたのだが、全て彼と目が合った。バトルの時に感じた、底の知れない恐ろしさは既に纏っていなかった。顔色一つ変えず、白いサブウェイマスターはポケモンを操った。彼がボールを投げた時から、私には彼が今まで会った中でも屈指の実力を持つトレーナーであることを悟っていた。今の彼には、あの時の気迫は感じられない。
 もう一度、車掌の方を見てみる。バシッ。上手く目覚ましビンタが決まった時のような、そんな音がしたのではないか。彼の視線の強烈さは、アーボックにも負けないに違いない。
「あの……私が何か?」

 ポケモンバトルは制したが、根負けしたのは結局私だった。尋ねると車掌は、「君、強いトレーナー」と言った。やはり私の自意識が過剰だったわけではないようだ。
「君、スーパーダブルトレインにも乗る。僕うれしい」
「はぁ……」サブウェイマスターなどという役職を担っているぐらいだ。彼は紛れもなくバトル狂だ。「機会があれば、そうしたいですね」
 私は決して、スーパーダブルトレインにも乗車すると約束したわけではない。私は強いトレーナーではないのだ。今日は運が良かっただけで。しかしながら白い車掌は、より笑みを深くした。

「車掌さんは座らないんですか」
「クダリ」
 やむなく言い直し、黒い霧のように漂う気まずさから逃れようと尋ねると、クダリさんは無言のまま私の方に歩み寄り、すとんと座った。私の隣に。さきほどよりも更に気まずくなったのは言うまでもないが、彼がさきほどより嬉しそうだったのは、一体何故なのか。

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