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simple is the best!


::水族館主と伊佐奈と新商品

 いつものように館長さんに呼ばれ、彼の部屋に向かったのだが、館長室に広がる光景に一旦目を疑い、それから二度確認した。此処は館長室である。その筈だ。
「何してる」
 館長さんはいつもと同じ、気だるげな声でそう私に声を掛けた。いやいやいや。

「館長……それは……」
「新商品だ」
「あ、ああー……」
 館長のデスクに所狭しとぬいぐるみが並べられていた。正直なところ、何事かと思ってしまった。淡い色――パステルカラーで作られたシャチ、イルカなんかが私を見詰める。
 館長さんに、こういう趣味があったのか。一瞬そう、呆けてしまった。それを察したのだろう、館長さんも眉を寄せる。
「……好きでやってるんじゃない」
 でしょうね。

 館長さんは桃色のイルカのぬいぐるみを手にしていた。細く骨ばっていて、ごつごつとした指輪をいくつも嵌めている彼の両手が、愛らしいぬいぐるみを掴んでいる。何と言うべきか、その、物凄く、ミスマッチだった。
 不意に館長さんがそのぬいぐるみを私の方へ放り投げ、慌てて受け取る。淡いピンク色のそれはふかふかとしていて、実に手触りが良かった。
「どうだ」
「どうだ、とは?」
「女視点から見てそれはどうだと聞いている」
「なるほど」
 サカマタさんを通してでなく、わざわざ館長室に呼び寄せられたのはそれが理由かと、やっとのことで思い至った。この丑三ッ時水族館には人間のスタッフが二人しか居ない上、女の従業員となると私だけになる。

 肌触りも良いし、弾力も申し分ない。生地も上質なものだし、その造形も可愛らしい。子どもはもちろん、大人の女性が部屋に飾っていても遜色ないだろう。素直にそう述べれば、館長さんは満足げに頷いた。
「でも……」私は他のぬいぐるみを眺める。「変わったラインナップ……ですね?」
 イルカにシャチはともかく、こういったファンシー路線の商品で蟹やマグロが入っているのは珍しい。
「……幹部の意向を取り入れた」
「……なるほど」
 よくよく見てみれば、一角とカイゾウさんを除いた幹部の面々が並んでいる。おい私の担当してる連中も頑張れよ、おい。
「ちょっと色味に乏しい気がしますね。カメとか……マグロがありなら、エンゼルフィッシュとかもどうですかね」
「考えてみよう」
 館長さんの強い同意に、カニかタコのどちらかが削られるのだろうなと、なんとなくそう思った。色被ってるし、ぶっちゃけ売れねえよ。


「●さんにやるよ」
「……はい?」
 何となく手持無沙汰になってマグロのぬいぐるみを触っていたら、館長さんにそう言われた。
「え、でもこれ、商品じゃ……」
「まだ試作段階だ。欲しけりゃ全部やるよ」
「ええ……いいですよ」
 欲しくて見ていたのではないのだと、そういう意味を込めて言ったのだが、館長さんはその左右違う顔を歪めて笑うだけだった。「この部屋に飾っておけと?」

 ぬいぐるみとか、あまり好きではないのですと正直に告げれば、そうだろうなと当たり前のように言われた。どうやらからかわれていたらしい。
「あー……でもイッカククジラのなら欲しいです」
「●さんも大概無茶を言う」
 館長さんは静かにそう笑った。



 一ヶ月後、館長からクジラのぬいぐるみが届いた。角は自分でつけろと、そういうことか。更に一ヶ月後、店頭に並べられたぬいぐるみシリーズには、カニとタコの姿はなかった。
 

2013.06.25 (Tue) 17:04
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