「近寄るな、変態ピエロ」 突然ヒソカの胸につけた盗聴器から流れてきた声に、ほんの少し胸が跳ねた。どこか少し子供っぽいが、カンナの声にとてもよく似ている。 「ザンネン。惜しかったね。今日クロロはいないよ、ほんとは来る予定だったんだけど」 「キミに会えたから満足だ・・・◇」 「冗談でしょ」 かなり遠くからアンナの様子を監視していた。いつものように、対象者をいたぶるような殺し方をするヒソカは言いとして。ついこのまえ映像でみたアンナはキレの違う動きを見せていた。体術を旅団の団長が叩き込んだらしい。会話をしながら、小さな体が軽々と宙を舞い、隙無くバタバタと殺していく様は、ヒソカの言った通り気持ちが高ぶった。 「・・・ふたりきりだね」 「意味深に言うな、もうすぐシャルも迎えにくる」 「つれないなあ」 「いいから、はやくここの雑魚ぜんぶ片付けないと。口より早く手を動かしてよ」 もっと見たい。もっと近くで。もっと詳しくみるために少し距離を詰める。 ピタリ、とアンナの動きが止まる。この距離で気付くはずはない。しかし、アンナはこちらの方に振り向き、冷たい視線を向けている。大きな緑の瞳が、きらきらと輝いた大きな瞳が、こっちをみている。見えている筈はない。そう思っても、硝子玉を埋め込んだような綺麗な瞳が、しっかりとこちらを捉えているように思えてならない。 「よし、完了・・・・・!」 「どうかした?」 「・・・誰かが見てる気がする」 「そうかな、なにも感じないよ」 「確信はないけど、たぶんこっち」 「やれやれ」 「隠れてもムダだよ?無駄な抵抗はやめて大人しく出てきて」 いまは動くべきではない。この距離だ、いくらスピードはピカイチだとしても確実に追いつけるはずはない。妙な緊張感に息を止めて気配を消す。アンナの方も確信はないようで、探りを入れて微かな気配を見つけようとしている。 「おーい、こっちは終わったよ!」 「あ、うん!」 他の団員の呼びかけにアンナが振り向いた瞬間にもっと距離を取り、気配を完全に消す。再びことらに振り向くと、急にきょとんとして、きょろきょろとし始める。よかった、こちらの気配を完全に見失ったようだ。 「・・・・あれ・・・、なにも感じなくなった」 「どうしたのふたりとも?」 「だれかが見てる気がしたんだ。たしかにあっちから視線を感じたんだけど」 「ほら何もいなかった、賭けはこっちの勝ちだね☆」 「な!いつ賭けたんだよ!」 「あーぁ、あのふたり。また始まった」 「ふたりとも、とっととズラかるぞ」 他の団員達の呼びかけに、まだ少し背後に気を配りながらも駆けていく小さな背中。どんどん小さくなっていくそれと、いまだに聞こえるヒソカとアンナのやりとりを聞きながら、思わず笑ってしまった。 ーーーーー昔、彼女が父親と父親を殺した時の様子は、今でも鮮明に覚えている。殺す前に戸惑う素振りを見せたが、いざ殺す際には全く迷いを見せなかった。確実に心臓を突き刺して、床に崩れる様子を冷たく見ていたアンナ。恨んでも恨み切れない自分の姉を、わざとすぐに死なないように刺したアンナ。殺しだけを叩き込まれた子供。完全な人形になるために、親をも殺すことになった、哀れな子供。あれはまさに、心を無くした人形だった。精神的に追い詰めると、人間は壊れる。 末恐ろしい子だ。そう父親が言っていたことを思い出し、なぜ父親がカンナに不自由のない生活を送らせてやりたい、と言ったのか理由がわかった。可哀そうなのは、きっとカンナのかも知れない。アンナのあの殺しの動きを見て、どれほど彼女の両親がアンナを愛していたのかがわかった。 さっきの殺し方も、確実に対象者を即死させるものだった。彼女が傷つかないように、ああいう殺し方を教えているのだ。感情を完全に無くすように教育したのも、アンナのためだ。アンナは、寵愛を受けていた。本人だけが、それに気付かされなかった。 歪んでいると、思うだろう。これは生半可な愛じゃない。純粋な愛なのだ。限りなく純粋な愛だからこそ、歪んでしまっているのだ。 |