十四郎さんが帰ってきた。
悪徳商売とやらをしていた天人の組織をたったひとりでのこらず壊滅させて、でていったときとなんにも変わらない顔で帰ってきた。
わたしが笑顔で「おかえりなさい」というと、彼もほんのすこしだけ笑って「ただいま」というものだから、本当になんにも変わっていないのだ。
ただ唯一変わっていたところといえば、十四郎さんの背中におおきな傷がふえていたことだけである。わたしはその傷にかるくふれようとして、けれどやっぱりのばしかけた手をひいた。菌がはいるといけないものね。
『いたくないですか?』
「あぁ、これくらいなんともねぇよ」
『そっか、よかった』
いつもの十四郎さんに安心して、医療品のはいった箱をかたりとあける。
おおきな傷にじわじわと消毒液をあてがうと、そこでいつも圧倒的なやるせなさを感じるのだ。わたしは結局、こうして待つことしかできないんだなあ、と。
十四郎さんのお嫁さんにしてもらってからもう一年ほどもたつのに、この人のおおきな背中を見るたびいつもそれを実感してしまう。それはまるで底の見えない深海につき落とされた気分に似ている。
病院みたいな独特のにおいが、つん、と鼻をかすめた。
「怪我して帰ってきても、こうやっておまえが手当してくれんだからいいんだよ」
『またそんなことを』
「むしろ、怪我して帰ってきたらおまえに手当てしてもらえるからな。わるくねぇ気分だ」
『もう。わたしは気が気じゃないんですよ?』
「心配すんな。愛した女のこして死ぬほど、俺はよわくねぇよ」
いう十四郎さんの背中はとてもおおきくて、やさしかった。
わたしはなんだか泣きそうになってしまったのだけれど、いつ十四郎さんがふりかえってもいいように、涙を殺してとびきりおおきく笑うのだ。
あなたが傷ついたなら、わたしがその傷をぜんぶ食べてあげよう。そうやってね、足をそろえて生きてゆきましょう。
傷痕は、真っ白な包帯でうめた。
星の上を歩く人たち
(その分だけすすんでゆけるよ。)