「ねぇ、なまえちゃん」

『なあに、退くん』


遠慮がちに名前をよべば、彼女はうれしそうに笑った。俺も俺で、退くん、なんてよばれるたびにうれしくて。
わかい世代における男女交際の価値観が品のないふうに崩壊していく近代の世の中で、俺たちはとりのこされたように純粋である。名前でよびあうだけで、こんな調子だ。


「なまえちゃん、俺といっしょにいてたのしい?」

『もちろんたのしいよ。とっても』

「そっか、よかった」


女々しい、とか、うざい、とか。世間さまはそういうかもしれないし、もしかしたら彼女だってそう思っているのかもしれない。
それでも俺は、ときどき言葉にしなければなんとなく不安になるのだ。なにひとつ進展も、また後退もしないこの関係に。無理やりうごかすとこわれてしまうくらい繊細な関係だから、俺はいつも臆病になる。彼女もまた、俺のとなりできれいに笑うだけなのだ。
さあて、どうしたものか。首をひねる。


「あのさ、」

『うん』

「いや、やっぱりなんでもないや」


そこで俺は、今日こそなにかを変えてみようと言葉にするのだけれど、それはやはり失敗に終わるのだ。
それでも彼女はいやそうな顔ひとつせず俺のとなりを歩いた。ただただ歩いた。ときどきはく息は白くて、なめらかな絹みたいな頬はりんごみたいに真っ赤だった。すっかり秋になったねえ、と彼女は笑う。
そこで俺は、今度こそなにかを変えてみようとささいな行動してみるのだ。
ちいさくてほそい彼女の手のひらにそうっとふれると、彼女はおどろいたふうに目をまるくしたけれど、その次に笑って俺の手にふれたので、俺も笑ってぎゅうっと彼女の手をにぎった。彼女はいやそうな顔ひとつせず俺の手をにぎりかえした。ただただにぎりかえした。
執拗な言葉はいらないんだと、そう思った。






手をつないだ。きみに一歩近づけた気がした。

世界は案外やさしいよ





title:確かに恋だった

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