ヒロイン死後の話





「あっちーな、おい」


ジリジリとさすようなあつさだけが、そこ全体をおおっていた。
そのあつさにひどく嫌気がさして、なんども歩みをとめようとしながら、しかし俺はひたすら歩く。歩く歩く。
まあ、いくら歩いたところでたいして代わり映えもしないし、墓石の模様と死人の怨念しかないようなつまらないところなのだが。
さて、なじみの光景をなんの味気もなくながめながら、俺はやはり歩く。おかげですっかり道順もおぼえてしまった。
左側の入口を直進、5番目の墓石を右にまがってそこから3番目。あいかわらずシンプルで、今の時代にしちゃあえらく質素な墓。そこがそいつの墓標だった。


「よう。元気にしてたか」


それも決まりごとみたいなもので、やはり俺は味気のない墓石にみじかく声をかけるのだが、もちろんそこから声がかえってくることなどはない。そりゃあそうだな、そこにあるのはただの貧相な骨だけだ。元気だよ、なんて声がかえってきたら逆にこわい。

右手にもった供花をそえようとして、ふいに俺はその手をとめた。
思えば、こいつの墓にはいつだってちゃあんと立派な供花がそえられている。それはきっと彼女の人柄なのだと、俺は思うのだ。
とあることがあってから、戦ばっかりやっていたあのころの俺たちをしかったり、はたまた仲をとりつくろったりするのはいつもあいつで、俺ら4人が道はちがえど今生きていることだって、多少なりともあいつのおかげがあるはずだ(まあしかし、俺たちは今おせじにもまっとうな生きかたをしているとはいえないのだが)。
そんな彼女だから、昔っからみんなに好かれていたし、教養もあったし、美人だったし、まあちょっとばかりドジをふみやすい体質で、イラっとすることがなかったといえば嘘になるが、それをふくめたって本当にいい女で、じつに俺なんかはいなくたってよかったんじゃないかと、いつもそう思っていた。

墓標にそなえられた供花は本当に高そうな花ばかりで、俺がもっている花束とはまるで格がちがう。それじゃあこんな安ものはいらないか、となかばやけになってそう思い、俺はそいつの骨の前でみじかく手をあわせてからすぐに背中をむけた。
あついし、いやなことばかり思い出させるし、墓参りなんてのはやってらんねえよ、まったく。
見上げた先に堂々とかまえる青空が、まるで俺に同情でもしているみたいで、俺はまたすこし腹が立った。


「なんですか。俺の心境は無視ですか。いっとっけどぜんっぜんかなしくないからね俺!いやまじで!」


空にむかってそういってやったけれど、それでもその苛立ちが消えることはなく、むしろマイナスな感情だけがただ俺の中に居すわったのであった。
ちょうどそのとき、「はたから見ればただの変人だぞ、銀時」なんて、もちろん彼女とは似ても似つかないが俺を呼ぶ声がしたのでふりかえってみると、それはなんの因果か、まさしく彼女をよく知る腐れ縁でつながった男だった。


「おまえの長髪よりはマシですぅー」

「まったくへらない口だな」

「うるせー。知ったような口きくんじゃねぇよヅラ」

「ヅラじゃない、桂だ」


まったく。腐れ縁というものは、きってもきっても鬱陶しくまとわりついてくるものらしい。
あのときからふたつ、いや、彼女もふくめてみっつばかり人数こそかけてしまっているとはいえ、俺はなんだかあのころにもどったような感覚がしたのだ。
あのときも、それから今でさえ、どいつもこいつもいつだって我がもの顏であいつに話しかけやがる。けどな、あいつのことをいちばん知ってんのは俺ら、っつーかむしろ俺なんだよちくしょう。
好きな食べものとか、好きな場所とか、好きな花とか。なんでも知ってんの。いや。冗談じゃなくて。わりとまじで。
だからさあ、同情なんていらねぇんだよ。なんて、バカみたいにどや顔をしたつもりだったのだが、いつのまにか俺は泣いていた。なさけないったらない。

べつにやりのこしたことがあるとは思わない。好きだ、といわなかったわけじゃあないし、また、いわれなかったわけでもない。手もつないだし、手料理も食べたし、いっしょに風呂にだってはいった。
あのときあれをやっておけばよかった、というようなありがちな悔いはない。
ただ、俺はやはり、それを彼女といっしょにずうっとつづけていきたかったのである。そうしてしわくちゃのばあさんとじいさんになったときに寿命で、いっしょになれのはてを迎えたかったのである。まあそれは、俺にとってはちょいと身の丈があまるような贅沢すぎるユートピアだが、すくなくとももっともっといっしょにいたいとは思った。

くそ、セミの声がうるせぇし、なんでか涙もとまらねぇ。
幸いヅラには背をむけているし、声もだしてないのだから彼にばれてはいるまい。もうやめだ。辛気くせぇのは。きっとあいつはまたそのうち、ひょっこりどっかからでてくんだよ。そうしてなんにもないところで馬鹿みたいにころんだりすんだよ。死んでるわけねぇよな。未だに実感がわかねぇんだもん。
それでも頬をつたう涙のつぶは、どうしてもとまらなかった。


「なあ銀時、いくら泣いたって、あいつはもどりはせんよ」

「バカいうな。あいつは死んでねー。つーか泣いてねー」

「ならばなぜ墓参りなどする」


うわずりそうになる声は、必死で鳴くセミのおかげでうまくかくせたのだと思う。
ヅラの問いにはこたえずに、俺は服のそで口でごしごしと涙をぬぐった。よし、これでいい。
まあな。わかっていたことだった。彼女が本当に死んでしまったことも、どういうふうに死んだのかも、俺がいちばん弱かったのだということも。こいつにいわれなくったってわかっていたことじゃあないか。
だからって、俺らと出会っていなければ彼女は死ななかったのだ、と後悔をすることに意味はない。終わったことだし、それでもあのとき彼女はしあわせだといっていたのだ。総じて、後悔だけではなにも前にすすめないだろう。
いつもの調子にもどった俺が、「お母さんかおまえは」とヅラに一言いうと、「お母さんじゃない、桂だ」とかえってきて、ああ、こいつはもうどうしようもない大馬鹿のおせっかい焼きだと思った。


「泣きやんだのなら、とっととその百合でもそなえてケーキでも食いにいったらどうだ、大馬鹿者」


なんだ、こいつも知ってんのかよ。彼女が好きだったものや、それから感じていたことを。そう思うとちょっとつまらなかったけれど、ヅラも大概彼女のことがわすれられないんだな、と思い、もういちど「お母さんかよ」というと、そいつからの返答はやはり先のとおりだった。
ああでも、彼女はケーキっつったって、いちごののった三角形のショートケーキしか食わねえんだよな。それを思いだして、すこしだけヅラに勝ったような気がした。
生前、彼女が好きだった百合の花をその墓標にそなえて、俺は歩きだした。






それは花みたいな人だった