我ながら、まるで漫画みたいにきれいな効果音だったと思う。あえて表現するなら、ずどーん。
顔とコンクリートの距離感はもはやゼロ距離で、すりむいた鼻の頭だとかひざ小僧だとかがとてもじんじんする。
えーと、つまりその、ころんだ。盛大に。
けれど学校前のきれいな通りはもうすっかり夕暮れどきで、すっからかんだ。だれもいなくてよかった、なんて思いながらやっと上体をおこして、とりあえずつめたいコンクリートの上に正座をした。その次にため息をつく。
その一連の動作をひととおり終えたところで立ちあがろうとしたとき、ふっとわたしの目の前にだれかのてのひらがさしのべられた。
わたしはもちろんおどろいて顔をあげようとしたのだけれど、そのてのひらのもうすこし上のほうから男の子の声がふってくるほうがちょっぴり先だった。


「だいじょうぶ?」

『へ?』

「立てる?」


その声がだれのものなのか、そんなの顔をあげる前にわかったし、「だいじょうぶ?」の「だ」の字でもうだれの声なのかわかってた。いや、そんなのはなんの自慢にもならないからやめておこう。
なぜならそれは、わたしがいつも遠まきにぼんやりとながめている一十木音也さんの声だからである。つまりはその、まあわるくいえばストーカーみたいな人だということね、わたしが。だってしゃべったこともない一十木さんのことを一方的に好いて、ながめているのだからそういうことでしょう。
いや、ちなみに好くとはいっても、そういう不純な意味じゃない。一十木さんのたのしそうな歌声ややさしい詩が、好きなのである。うん、でもやっぱり一十木さん自身のこともわたしは好いていて、それはつまり恋愛的な好きなのかもしれない。なんだかもうわたしにもよくわからない。
ぐるぐるした思考をいったん頭のそとにおいやって、さしだされた手を拒絶するわけにもいかずおそるおそるそうっとにぎった。
汗、かいていないだろうか、とかそういうくだらないことばかりをかんがえてしまう。


「よいしょっと」


一十木さんのおおきな手にぐいっとひっぱられて、じつにわたしは立ちあがることができたのであった。だいじょうぶかな、おもくなかったかな。
というか、そんなことはどうでもいいのだ。これは一大事である。あこがれだった一十木さんとはじめて接点をもった。ちいさなものだけれど。それは素直にうれしい。うれしいよ。
けれどね、なにもわたしが盛大にころんだことがきっかけじゃなくたってよかったと思うんだ。
わたしは急に恥ずかしくなって、そりゃあもうてんぱった。


『ああああありがとうございました!』

「あ、ちょっとみょうじ!」


おれいをひとつ、ぺこりと頭を下げて走りさろうとするわたしの背中に、一十木さんがわたしの名前をなげかけたものだからわたしはまたおどろいて思わず急ブレーキ。ころびそうになる。それをなんとか阻止してくるりと一十木さんをふりかえると、彼はまた笑った。


『一十木さん、なんで、わたしの名前』

「え?そりゃあおなじクラスなんだし名前くらい知ってるよ。だめだった?」

『い、いえぜんぜん!』

「あ」

『え?』

「あっはは!葉っぱだらけだよみょうじ」


わたしを指さした彼が本当に子どもみたいに笑うものだから、わたしはまたどうしようもなく恥ずかしくなってしまい、いそいで身体についた落ち葉をはらった。スカートがゆれたりする。
そうしたら一十木さんもわたしにくっついた葉っぱを落とすのを律儀にもてつだってくれて、その距離のちかさにもういちど恥ずかしくなった。
彼は本当に、わたしが遠くから見ているときのまんまのやさしさなんだなあ、なんて思った。


「なんかさ、みょうじっていっつもばたばたしてるっていうか、ドジふんでるイメージがあるんだけど」

『は、はあ』

「つくる曲はすっごい繊細なんだよなー」

『そんな。わたし曲をつくるのまだあんまり上手じゃなくて』

「あ、あとそれ」

『はい?』

「いっつも自信なさげな顔してる」

『だってわたし、なにやってもだめだから』

「そんなことないよ!すくなくとも俺は、みょうじの音もそうだけど、すぐころんじゃうところとかもすっげー好きだよ!」


きらりって一十木さんの笑顔が夕のオレンジに反射した。わたしは心の奥が溶けてなくなっちゃうかと思った。いや、冗談ではなくて。本気で。
彼の言葉はべつに変な意味なんかこれっぽっちもふくんでいなくて、ただ純粋にわたしのドジを好き、だなんていっちゃうのだ。本当に変な意味なんかないのだ。
それでもわたしの心臓は高く波うったまま、とどまることを知らないの。
一十木さんがそんなふうに笑ってくれるなら、大きらいだったすぐにころんでしまうドジな体質だって、今すぐにはなおさなくっていいかなあって思った。





イノセントピンク

(溶けた、溶けた、青い春。)





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