べつになにかあったわけじゃない。むしろなんにもない。平和すぎて俺は笑わなくてもいいかなってくらいに平和。見上げた先には星屑が敷き詰められているし、月だって丸い。吐いた息も白くならない。そりゃ夏だし。
こういうなんにもない日にかぎって、なぜか逆にさみしくなるもんで。公園を横切るときに見えたブランコが、風にあおられてゆれていた。
見慣れたはずの公園も、昼夜をかえるとずいぶん違った印象に見えるらしい。神楽が好きなかわいいパンダの遊具でさえ、今日はなんだか怒っているみたいに見えた。




みょうじ。表札を見上げる。行き先を決めていたわけではないのに、俺の足は勝手にここへむかっていた。
このインターホンを押したら彼女はどんな顔をするのだろうか、とか、もしかしたら怒られるかも、とか、悪いことをしたあとのガキみたいなことを考えた。さすがにガキみたいに泣いたりはしないが。
ピーンポーン。結局俺の人差し指は、彼女の家のインターホンを押した。俺の意志じゃない。俺の人差し指の意志だ。ほどなくしてドアがひらくと、そこからでてきたパジャマ姿のちいさな彼女が、目を丸くして俺を見る。


『銀ちゃん?どうしたのこんな時間に』


うすいピンク色のパジャマのそででごしごしと目をこすりながら、躊躇いがちに、彼女は口をひらく。そんなに目こすらなくったって俺だっつのに。おっとりしたなまえのことだから、見間違いかもしれない、とか、思っているんだろう。
彼女のまぬけな顔を見たとたん、際限なくもれていたため息は息を潜め、また、眉間のシワは姿を消した。むかつくくらい平和だけど、やっぱり俺も笑おうかと思う。


「や、なんとなく」


へらりと笑ってそういえば、彼女はなんにもいわずにその両手をひろげるのだなまえの肩から生えたこのうでは、おおきな俺を抱きしめるために、ふたつあるのだそうだ。彼女はいつも笑ってそういう。
抱きしめる彼女のうでがあまりにも細くて、俺ってばなにやってんだろって思った。エアコンをつけていたのか、彼女の身体はつめたい。俺も黙って彼女を抱きしめかえしたら、おかえりっていわれたから、ただいまってかえしておいた。
俺らの真上を星座が闊歩している。






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::夜中に何となく寂しくなって彼女んち行ったら何も言わずに無言で抱き締めてくれる


0131 射手座の夜


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テーマ「人外ファンタジー」
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