「俺ぁ、おまえのそういうところが好きだよ」
すぐとなりで媚を売るように酒をつぐちいさな女を視界にいれながら、俺はそういった。
いつもの人形みたいにきれいな顔をすこしだけくずして、え、とひどくおどろいたようにいうので、俺はなみなみとつがれた酒をひと口で飲みほしてまたいう。
「よごれてねえだろ。芯が一本とおってるっていうかさ」
『そう、ですかねえ』
「ああ。だからここにくんの」
『わたしも、坂田さんのまっすぐなところが好きですよ』
笑うそいつが相変わらずの安っぽい営業スマイルをふりかざすので、なぜかとてもむしゃくしゃした。俺のこと好き?ときくと、すぐに好き、とこたえるのだけれど、なんかちがう。
手をのばしてふれてしまえばそれまでの距離にいるのに、どうしてか、好き、という言葉はとどかないらしい。その日俺は、あびるように酒をのんだ。
たまには弱音を吐いてみてもいいだろうか、と、めんどうくさい女みたいなことを考えたりして、やっぱりやめる。そのくりかえしだ。ただひとつ、彼女に好き、といったときに、うそでもいいから好き、とかえしてほしいだけであった。そうしたらそれを馬鹿みたいに信じて、馬鹿みたいにしあわせに生きてゆけるのだ。
俺はときどき、夢みたいなことを考えたりする。
「俺らさあ、もうちょっとべつの場所で出会ってたらな」
『きっと、ここじゃなければ出会えませんでしたよ、わたしたち』
「おいおい、ちったあ夢見させてくれや」
いくら酒をのんだってにげきれないくらい皮肉な現実をつきつけられることには、いつまでたってもなれないもので。しかしそれになれてしまえば、人生は存外淡白でつまらないものになるということを俺は知っている。
それでも、ずうっと夢の中で廃れたように生きていければしあわせだなあ、なんて考えたりして、今日の俺は死にたがりのかまってちゃんに似ている。
普段ならぜったいそんなことは思わないし、えらくだいじにしてきたものだった。けれどもうどうにでもなれ、とか、思っちゃったりして、派手な着物のあいだからすらりとのびた太ももに手をはわせる。俺は本当にこんなことを望んでいたのだろうか、と、考えることにきっと意味はない。
そうしたら彼女は、俺の下衆な行為に抵抗するわけでもいやそうな顔をするわけでもなく、ただただ眉をさげてかなしそうにこういったのだった。
『好きです』
遊郭の女を愛すだなんて、おかしな話だろう。どうやって愛したらいいのかわからなくて、何度もその愛を殺そうとしたし、適当な女にあたり散らしたりもした。
それでも遊女のはずの彼女にだけは、触れることさえできなかったのである。となりの部屋からちいさくきこえた女のあえぎ声が、まるで俺を嘲笑っているみたいで嫌気がさしたが、やっぱり俺は彼女を愛していた。
わるい、と一言あやまると、彼女は笑っていいんですよ、というものだから、今日の自分をバカらしく思い、彼女の頭を二、三度たたくようになでつけてやった。
これもいつかは醒める夢なんだと思うと、妙にやるせない。
醒めない夢は買えるのか