指名がはいったぞ、と、端正に笑う若い男に、わたしもにっこり笑ってうなずいた。けれどどうにもわたしはこの男が苦手である。そのきれいな黒髪だとか、女みたいに整った顔だとか、あまり抑揚のないところだとか、そういうところぜんぶが苦手なのだ。くだらない思考を適当にうちきってからゆっくりと立ちあがって、お客さまをむかえにゆく。
その途中で、わたしとおんなじような派手な女と、にやけ面する年増オヤジのきたない顔とが交互に見えるので、今日も一日がはじまることへのやるせなさに、わたしはため息をひとつそなえた。
正直、着かさねたこの着物が畳とこすれる感覚なんかもとてもきらいなのだけれど、それはしかたのないことだと、すこし前にえらい人におこられた。だから今はちゃあんと我慢をしている。
そうやって、ちいさないろんなことを次々に押し殺しながら客間までゆくと、見なれた長身がひとつと、そのまわりにちいさな影がふたつ、あわせてみっつの影が威勢よくわたしをでむかえた。


『あら、今日はみなさんいっしょなんですね』

「おー、ちょっくら仕事でな」


バツがわるそうに二、三度頭をかいていう彼は、坂田銀時さん、といって、きっとわたしの常連さんだ。きっと、うん、きっと。
きたりこなかったり、予約なんてしないしお金もあんまりなさそうだし、到底こんなところにきそうにないのだけれど、でもきっと常連さん。だといいなあ。
それからわきにひかえるちいさな女の子と男の子は、彼の自営業の際にやとっているときいたアルバイトさんたちのように思う。実際に会ったことはないから今日が初対面なのだけれど、前に坂田さんが話していたのとぴったりあわさるもの。
にぶい行灯をあびて光る坂田さんの銀髪がまぶしくて、わたしは目をほそめた。


「銀さん、こういうところにきてるんですね」

「なんだよ新八てめーその目はなんだよ」

「いえ、べつに」

「なんにもしてないからね?銀さんなんにもしてないからね?ちょっとお酒ついでもらってるだけだからね?」

「酔ったいきおいでなんかやらしいことしてるんじゃないアルか」

「してねーよ!ガキはそんなこと考えなくていいの!ほら帰りなさい新八くん神楽ちゃん」


しっしっ、なんて、犬をおいかえすみたいな手ぶりを坂田さんがすると、ふたりはおもしろくなさそうにしぶしぶ背中をむけて、それでもちゃんと自分の家へと帰っていったのだった。
その子たちのうしろ姿が、きれいな着物を着ているわけでも、言葉づかいがきれいなわけでも、映画スターみたいに絶世の美形なわけでもないのに、なんでだろう、わたしにはやけにかがやいて見えたのである。
対するわたしはどうかしら。きれいな着物で着かざって、きれいな化粧に身をつつんで、とびきりの笑顔をむけるときれいだなんてはやしたてられるけれど、なんでだろう、ひとつもかがやいてなんかいないのだ。
彼らの背中が消えてなくなるまで見とどけたあと、わたしは坂田さんにむきなおって笑う。


『にぎやかで、いいですねえ』

「あんなん邪魔なだけだよ、本当」

『うそをつくのが下手です、坂田さんは』

「あぁ?」

『あの子たちといるときは、本当にたのしそうだわ』


だってそうでしょう。水をあびたガラス玉みたいに、きらきら、きらきらって光っているんだもの。
もしもこの人がそばにいてくれたのなら、おんなじことをくりかえすだけの怠惰なわたしの世界だって、つられて一瞬できらりとかがやきだしたりするんじゃないかしら。ふとそう思ってみる。
けれど、となりの部屋からふいにきこえた女のあえぎ声が、嘲笑うみたいにわたしを見下したので、わたしは陳腐な妄想を自身の手でざくりと殺して消した。
そうして、坂田さんをうす暗く腐りきった部屋へと手まねきするのだ。


『さ、はいってくださいな』

「ああ」


ささやかな希望さえゆるされないのだろうか、と、だれかに疑問符をなげかけると、ひっきりなしにきこえる女の艶かしい声がまた、わたしにむかって笑った気がした。






嘘の吐き方についての考察







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