屋上につづく薄暗い階段をかけのぼる。一段。また一段。日ごろの運動不足がたたってか、わずか数段の階段に息切れをしたりしてそびえたつドアに手をかけた。深呼吸をひとつ。すいこんだ酸素のほこりっぽさに顔をしかめた。
ぎぎぃっと、おもたい音をたててあいたそのむこうは、やっぱり青空だった。
『おはよ』
みじかくあいさつをすると、左手にぶらさげたサミット袋がかさりと音をたててゆれる。どうやら今日もわたしがビリケツらしい。
ああもうなんていうかね、休み時間を目前にしたときのこの人らの行動力、プライスレス。というよりなんでトランプゲームなんかしているんだこの人たちは。まさかね、いやまさかね。
『ちょっときみら、まさかサボってたんじゃないだろうね』
「サボるに決まってんだろ。あつくてやってらんねえ」
『そのまま単位おとして退学すれば?兄ちゃん』
「だれにむかってんな口きいてんだなまえ」
『冗談でしたごめんなさい』
「わかりゃいいんだよ」
兄ちゃんのせいで若干みだれた制服の襟もとをととのえながら、なめらかなコンクリートの上に正座をする。ハイソックスとスカートのあいだの素足にふれるコンクリートが、ひんやりつめたい。
くそう、あんなにこわそうな顔されたら逆らえるわけがあるまい兄ちゃんよ。真面目にこわいんだよこの人、顔が。適当な世間話をまじえつつ、わたしたちはなじみのメンツ5人でだだっ広い屋上にいびつなわっかをつくった。
先ほど購買で調達したお昼ご飯のサンドイッチとサイダーと、それからプリンをひろげてわたしは銀ちゃんに笑う。ときおりなびく風がきもちいい。
『銀ちゃん、プリン買ってきたけど食べる?』
「まじ?あーんしてあーん」
『あーん』
「なまえーわしにもあーん」
『はいはい、あーん』
『兄ちゃんも食べる?』
「男が口つけたスプーンなんてきたねぇ」
『あっそ』
「それつかったら妊娠すんぞ」
『まじで!?』
「んなわけあるか!なに吹きこんでんだ高杉ィ!」
なぜかわたしは一瞬、兄ちゃんのその言葉を信じかけてしまったみたいである。
キスだけで妊娠する、だとか、バカげたことをいう女子もいたものだと今まで散々バカにしてきた思想だったけれど、え、あれってまじなの。なんて頭のわるい思考は、もちろん銀ちゃんの声によって一瞬で死んだのだけれど。
しかし、キスのひとつもしたことのないわたしが本当にあの高杉晋助の妹だろうか、と、自分でもたまにうたがうことがある。けれどうたがった次にはどうしようもないむなしさだけがのこるので、早々にそれをやめた。
口にはこびかけたプラスチック製のスプーンをじぃっとながめる。
「なんで俺にだけ食べるかきかないのだ、なまえ」
『いや、小太郎はそういうキャラじゃないかなって』
「そういうのをなんというか知っているか?いじめというんだぞ、いじめ」
『さすが小太郎、博識だねー』
そのままプリンを食べきって、糖度に侵された口内をリセットしようとサイダーをながしこむのだけれど、しゅわしゅわとはじけて溶けるサイダーもまた甘かった。けれどなぜか、そのべたべたの甘さがここちよくてわたしは笑った。
ハローシュガーランド
「なまえ、メロンパン食う?」
『食べる』
「ほれ、あーん」
『妊娠しないよね?』
「しねーよ!人のこと変態みたいにいうな!」
『いや冗談だから。顔こわいから銀ちゃん』