み ず か
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12ヶ月の恋模様


だから世界は今日も泣く [9/9]

 よくよく思い出せば、彼女は僕より前から通っていたと話していたから、もう免許を取って卒業してしまったのかもしれない。
そうなると、もう接点はどこにもなかった。
僕は彼女の連絡先すら知らないのだ。



 謝ることもできないまま、僕は高校の卒業式を迎えた。
もう進学先の決まっている僕は今日以降、もう登校することはないだろう。
そう考えると、あの張り詰めた教室の重々しい空気さえ、どこか名残惜しいような気がした。

 式は淡々と進み、進路の決まっていない生徒の方が多い僕のクラスは、式の後のホームルームさえ形式ばった挨拶だけで終わりを告げた。
それでも一応、教室の周りには保護者や後輩たちで人だかりが出来ていて、それなりに卒業式らしい雰囲気が漂っている。
仕事を途中で抜けてまで式に出席した美佳子さんは、式が終わるとすぐ残念そうに学校を後にしていたので、身軽な僕は友人たちとの写真撮影を一通り済ませると、初めて行った教習所のような人並みをすり抜けて校舎から抜け出した。

 校舎から校門までのわずかなロータリーは、既に写真撮影会場になっていた。
特に校門には人だかりが出来ていて、僕は身を縮めて隙間をくぐり、校門の外に出た。
振り返って校舎を見上げてみると、やっと「卒業したんだ」と実感する。
騒がしい人並みの中、僕を呼ぶ声が聞こえたのはそのときだった。

「朔太郎くん!」

 驚いて声のした方に目を遣ると、そこには梓さんと、その手を引く菜摘の姿があった。

 僕の足は自然と走り出していた。
人にぶつかっても止まらず、「すみません」と言って進み続ける。
視界の中にはずっと、梓さんの泣きそうな顔しか入ってこなかった。

 二人の目の前に着いた僕は、思わず梓さんの腕をつかんで頭を下げた。

「ごめん!」

 たぶん周りの人は何事かと思っただろう。
自分でも驚くくらい大きな声が出た。

「私こそ、ごめんなさい。こんなところまで追っかけてきちゃって」

 ざわつく声の群れの中、彼女の震える声が空から降ってくる。
顔を上げると、ぽたりと温かい雫が頬に落ちた。

「間宮くんを探してるって声をかけられて、ずっと探してたんだよ」

 菜摘はほっとしたように笑って、僕の方を軽く叩くと、「それじゃ、私も頑張るね」と人波の中に消えていった。
たぶん、これから太一を探すのだろう。
でも僕の胸はもう痛まない。

 今にも泣き出しそうな梓さんを見据えて、僕は大きく深呼吸した。

「梓さんに側にいてほしいんだ、これからもずっと」

 その声が聞こえなくなりそうなくらい、心臓が大きく早鐘を打っている。
死にそうなくらい恥ずかしい。
でも、目の前の彼女が大きく頷いたのを見て、更に胸が苦しくなった。

「卒業、おめでとう。あと、リンゴのことだけど、偶然じゃないの」

 涙をこらえて言葉を紡ぐ彼女が、どうしようもなく愛おしくてたまらない。

「今日みたいに、追いかけたの。そしたら転びそうになって、リンゴ落としちゃったの。でも拾ってくれて、その後も話してくれて、嬉しかった」

 一息置いて、梓さんは大きく深呼吸してから涙目で笑った。

「私も、一目ぼれでした。だから、これからも一緒にいてください」

 彼女の真っ直ぐな瞳から、透明な涙の粒がこぼれ落ちる。
そして僕たちの視界はゆらゆら歪む。
幸せに満ちたこの世界は、今日も誰かの想いを乗せて泣く。

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