12ヶ月の恋模様 だから世界は今日も泣く [6/9] 「じゃあ、いただきます」 「はいどうぞ」 このときはもう、彼女に対する警戒心はほとんどなくなっていたので、僕は迷うことなくアップルパイを口にした。 「あ、これおいしいです」 「ホントに?」 「うん、ホントにおいしいですよ」 素直に笑ってそう言うと、彼女は本当に嬉しそうな顔をしてほっと息を吐いた。 「あー、よかった。実を言うと、ちょっと不安だったんだ」 「自信があるんじゃなかったんですか」 「そうだけど、やっぱり迷惑かなって思うとこもあったしさ」 彼女はふっと視線を落とすと、両足をぶらぶらと揺らしながらもう一度息を吐いた。 「ごめんね、こんなとこまで連れてきちゃって」 さっきまでの強引さはどこかへ行ってしまったかのように、彼女は弱々しくつぶやいた。 僕はそんな彼女に何と言葉をかけていいのかわからず、黙ったままアップルパイをもう一口食べた。 少し酸味の残ったリンゴの甘さがじわーっと口の中に広がる。 ちらりと隣に目を遣ると、彼女は相変わらずうつむいたまま、母親を待つ子供のように両足を揺らしていた。 「あの、迷惑だなんて思ってないですよ」 気付いたらそう口にしていた。 「迷惑だったらちゃんと断るし、時間が空いてて暇だったのは本当だし……」 そこまで言ったところで彼女は顔を上げた。 その顔が少し泣きそうに見えたのは、僕の気のせいだろうか。 猫のような瞳に見つめられて言葉を失った僕の代わりに、彼女は小さく微笑んだ。 「ありがと。……えーと、そういえば名前聞くの忘れてたね」 「あ、そういえばそうですね。えっと、間宮朔太郎です」 「朔太郎くんね。私は梓、長谷川梓っていうの。よろしくね」 お互いに今更の自己紹介を照れながら済ませて、僕と梓さんは他愛もない話をしながらアップルパイを食べた。 彼女は思った通り一つ年上の大学生で、改めて敬語を使う僕に「敬語使わなくていいよ」と笑った。 そして僕が進学先の話をすると、驚くことに、その大学の近くに彼女の実家があるのだと目を丸くした。 「すごい偶然だね」 「そんなこともあるんだなぁ」 「ね、何か縁があるのかも」 楽しそうに笑う彼女の側で、僕も自然と笑顔になっていた。 女の子でこんなに打ち解けられたのは菜摘以来かもしれない、と心の中で思いながら。 「へー、それって普通に考えてナンパじゃね?」 珍しく午後も授業があったある日、僕は昼食をとりながら太一に梓さんの話をした。 「そうかなぁ。でもアドレスとか交換した訳じゃないし、会ったときに話すくらいだよ」 「でもそれから毎日のように会ってるんだろ? なんか怪しいよな〜」 太一はニヤニヤしながら僕を見つめ、最後のサンドイッチにかぶりついた。 リンゴを拾ってから今日で二週間。 僕と梓さんは会う度にいろいろと話をするようになっていた。 正直、自分でも不思議なくらい彼女とは話が合ったし、何より話しやすかった。 「サク、気をつけろよ。女子大生に遊ばれてへこんでも俺は慰めないぞ。うらやましすぎる」 「だからそんなんじゃないって。そんな人じゃないよ」 僕は眉を寄せて弁当箱を片付け、「梓さんはそんな人じゃない」ともう一度繰り返した。 「ふぅん、もう手遅れっぽいな」 「何が」 「これで東さんとも本当におさらばってことだよ」 何だよそれ、と問い詰める僕を軽くあしらい、太一は手元のペットボトルにでこピンをした。 ガタンと鈍い音を立ててペットボトルが倒れ、中身のウーロン茶がゆらゆらと波打つ。 茶色の海の中には、歪んだ僕の顔が映りこんでいた。 [*prev] | [next#] [bookmark] BACK |