み ず か
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12ヶ月の恋模様


だから世界は今日も泣く [5/9]

「あ、見つけた!」

 僕がそちらを見るよりも先に、彼女はそう言って僕の肩を叩いた。

「探しちゃった」

 彼女は状況を全く理解していない僕に向かって嬉しそうに微笑むと、持っていた茶色の紙袋を僕の目の前に静かに置いた。
僕はその紙袋と見覚えのない彼女の顔を交互に見て、「これは?」と半ば不審に思いながら尋ねた。

「この間のお礼だよ。もしかして忘れてる?」

 僕が黙ったまま眉を寄せると、彼女も困ったような表情で首を傾げた。
それから僕の目の前を通って机の端まで回りこみ、椅子を一つ空けて隣に腰掛けた。

 栗色のショートカットに、猫のような瞳。
そのまぶたはどことなく桃色に染まっていて、雰囲気からすればたぶん大学生なのだろう。
でも僕には大学生の知り合いはいない。

「人違いじゃないですか?」

 僕の言葉に彼女は目を丸くし、慌てたように机の上の紙袋から白くて四角い箱を取り出した。
中からほのかに甘い匂いが漂ってくる。

「君が拾ったリンゴだよ。落ちたのそのままあげるのは悪いと思って、アップルパイにしてきたの」

 そう言われて僕はようやく彼女のことを思い出した。
足元に転がったリンゴと伸びてきた手が脳裏をよぎる。

「そうか、あのときの」

 思い出して何度も頷く僕に、彼女も笑って頷いた。

「そう、あのときのリンゴです。甘いの嫌いじゃなかったらだけど、よかったらもらってくれる?」
「え、そんな大したことしてないのに」
「こっちにとっては大したことだったの。それとも、甘いのは嫌い?」
「いえ、好きですけど……」
「んー、じゃあ、後で一緒に食べない?それならいいでしょ」

そう彼女が言い切った直後に講義開始のチャイムが鳴り、程なくして教官が現れた。
彼女は手早くアップルパイの箱を紙袋の中に戻すと、僕と彼女の間にある椅子の上に置き、小さな声で「後でね」とつぶやいた。
彼女のペースにすっかり巻き込まれてしまった僕は、ほのかに香る甘い匂いとすぐ隣にいるほぼ初対面の彼女に意識がいって、その時間の講義内容はほとんど頭に入らなかった。

 講義が終わると、彼女はすぐ僕に空き時間はあるかと聞いてきた。
そしてたまたま次の時間はお互いに空き時間だということがわかると、「いい場所があるの」と言って僕を外へと連れ出した。

 内心不安に思いながらも彼女についていったその場所は、教習所の裏口近くにある公園だった。

「この辺りは子供が少ないらしくて、いつもガラガラなんだよね」

 真っ直ぐにベンチの方へと向かう彼女のすぐ後ろで、僕はきょろきょろと辺りを見渡した。
ペンキのはげかけたキリンの形の滑り台や、水色のブランコ、鉄棒やジャングルジムなどの年季の入った遊具が、ひっそりとその場に溶け込んでいる。
なんだか子供の頃のことを思い出して、やけに遊びたい気分になった。

「こんなところあったんだ」
「うん、私もついこの間見つけたの。一ヶ月近く教習所来てたのに全然気付かなくて」

 彼女はベンチに腰掛けてアップルパイの箱を取り出し、手招きして僕を隣に座らせた。
それから箱を開けると、中からこんがり焼けたアップルパイが顔を出した。

「味の保障はするから大丈夫。こういうのは得意だから」

 はい、と箱ごとそれを差し出された僕は、彼女の期待に満ちた笑顔を見てからそっと手を伸ばした。

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