小説 | ナノ



ザザン、ザザ…ン。

冬の空の下に広がる静寂。

街灯ひとつない暗闇を照らすのは、空から降り注ぐ淡い月明かりだけ。

打ち寄せる波音だけが耳に心地よく届くそこは、以前にも来たことがある。

都心から外れた、秘密の海岸線。

「ユキちゃん、寒くない?」

パタンと車のドアを閉めて、コートの襟に首をすくめたわたしに、一磨さんはそう声をかけてくれた。

「…うん、少し」

「…おいで。暗いから足元、気をつけて」

ぎゅっと抱き寄せられる腕の感覚。

ふうっと息を吐くと、白く伸びて空に消えて行った。


「あ…オリオン座」

海を眺める石畳の階段に並んで腰を下ろして、空を見上げると。

東の空に並ぶ3つの星を見つけて指をさす。

「うん…ほんとだ。ユキ、知ってる?冬の大三角」

「うーん。学校で習った気がするけど…忘れちゃった」

”ユキ”ふたりの時にだけ、彼はわたしをそう呼ぶ。

空を見上げたまま、そう返したわたしに、彼はふっと笑って。

星を指すわたしの手を、その大きな手で包んで、続けた。

「オリオン座の一番上の大きな星…ベテルギウスと…」

背中からわたしを包み込むように、座り直した彼のささやきが耳元で聞こえる。

その温もりが上着越しに伝わって来て、なぜだか少し、照れくさい。

「オリオン座の少し南にある、おおいぬ座のシリウス。それから、ベテルギウスの斜め上に位置する、こいぬ座のプロキオン…」

まるで空に絵を描くように、すっとわたしの指先が冬の大三角をなぞっていく。

「…これが、冬の大三角形」

「ほんとだ…きれいな三角になる…何だか、星で絵が描けそう」

子どもみたいにそう言ったわたしを、後ろから伸びてきた腕がきゅっと抱きしめた。

「一磨…?」

「…何でもないよ。ユキは、あったかいね」

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