小説 | ナノ



引き戸を引くと、途端に冷たい空気が頬を刺す。
「さむっ」
首をすくめかけた私の視界の片隅に、見覚えのある背中が映った。
カーキのモッズコート、フードのファーは柔らかそうで、
サラッとした黒髪がその上に傾いでる。
「松田さんっ」
声を掛けると、彼はゆっくりとこちらを振り向き、眼差しをいつものようにふっと緩めた。
普段よりも少し赤い顔。

右手の煙草を、携帯灰皿で軽くもみ消し、駆け寄った私に向き直る。
「んー?」
いつものように軽く頭をポンポンと撫でられるのかと思ったら、
大きな手は私の髪にゆっくりと優しく触れて。
頬にかかった髪をすくい上げるように耳にかけると、
そのまま、左の耳たぶに柔らかく触れた。
そのまま、耳たぶをもてあそぶ感覚に、私の背中が小さくピクリとはねた。
ぞくりと肌が粟立つ感覚。
顔が、かあーっと赤くなる。

「あっ、堪忍」
近づいていた距離が離れる気配。
「いえ…」
私は、熱を持った頬を隠したくて、そう言うのが精一杯でうつむく。
「うわー、しまった、セクハラやんなぁ」
いや、今、雪が降るかなとか思うてたら、ユキちゃんの声がして、
エライ可愛い子がおったんで、人かいな、いや人やないやろって…
困ったような話し声に顔を上げると、松田さんは顔を赤くして、一生懸命言葉を探している。
普段見ない、うろたえた姿に、思わずくすっと笑みが漏れる。
「飲みすぎですか?」
「やっぱり、今日は嬉しゅうて、いつもよりちょっと飲んだけどなぁ…それよりも」
「それよりも?」
「酔うと、自分の気持ちに蓋ができんくなる、ってことやな」
「ふた?」
「いや、…こっちのことや」
思わず首をかしげると、
「それにしても、今日のライブは大盛況でよかったなぁ。
 ユキちゃんも客席におったんやろ?
 ジャックのやつらも喜んだんやない?」
「はい、私も見せてもらいました。
 いーっぱい笑っちゃいました。
 とってもおもしろかった!」
「こうやって、仲間が成功してくってのは嬉しいもんやなぁ」
「仲間ですか?後輩、じゃなくて?」
「うーん、後輩でもあるけど、やっぱり仲間でもあり、同志でもあるっちゅーか。
 教えることものうなって、さびしい気ぃもするけど、嬉しい方が多いなぁー
 …なーんて思ってたら、ついつい酒が進んでなぁ…」
「松田さんの飲みすぎって、なんだか珍しいですね」
そう言うと、今日はお祝いってことでな、と柔らかく笑った。


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