小説 | ナノ



「おーっ、ユキちゃん」
やっと来れたわぁ、とWジャックの小西さんが声を掛けてくれた頃には、もう本人はほろ酔いの様子。
「今日はおめでとうございます!
 ライブ、おもしろかったですー」
「お花ありがとなぁ。
 ユキちゃんにそう言うてもらえるんが、何よりやわ」
「またまた〜」
初めの頃は、イチイチ間に受けていた軽口も、今では流すことができるようになった。
「でも、すごかったですよ!みんな、大爆笑だったじゃないですか」
「オレも感動して、鳥肌たってん!
 あないにうけるなんてなぁ。
 いや〜、流れはオレらにきてんな」
「そうですよー、今一体レギュラー何本ですか?
 毎日のようにお見かけしますもん」
「いやいや、兄さん方に比べればまだまだ。
 まだまだ頑張らんと」
「ふふふ…すごいですね!
 でも今日はお祝いだから、リラックスして少しゆっくりしてくださいね」
空になった小西さんのグラスに、ビールを注ぐと、
「ほな、お祝いってことやさかい、そろそろユキちゃんにデート、してもらわんと」
と言いながら距離を詰めてくる。
「そんな冗談ばっかり言って。ファンが泣きますよ」
軽く小西さんの肩を叩きながら、さりげなく距離をとると
「ずっと言うとるんやどなぁ…付き合おうてる人いないんやろ?
 ほな、デートくらい」
「うーん…やっぱりデートは好きな人とじゃないと。
 …あっ、ほら、私、一応アイドルですから。
 デートなんて、マネージャーに怒られちゃいます」
「なんやその、一応って」
と苦笑しながら、私の手元を覗き見る。
「デートしてみて、好きになる、っちゅうこともあるし。
 っちゅうか、ユキちゃん、何飲んでたん?
 まだ飲み足りないんやない?」
「あ、もうお酒は。
 これ以上飲むと私、酔っ払っちゃいますから」
烏龍茶のグラスを軽く持ち上げて見せると、その手をとろうとするので、
うーん…困ったなぁ…と私は顔に出さないようにしながら思う。
あえて、その手にグラスをあてて、
「あっ、ごめんなさい。グラス、ぶつかっちゃいましたね。
 冷たかったですよね」
わざと謝ると、
「いや、こっちこそすまん」と謝ってくれるあたり、悪い人じゃないんだけど。
好きかどうかと言われると、別の問題。
だって私にはほかに好きな人がいるから。

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